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今日向かう市場までは歩いて30分くらい。
ラウル様は「身体を動かすのは得意だが、こちらから話すのはどうも苦手でね。無口になっても怒っているわけではないから」と先に断ってくれた。
確かに今まで、ほぼお兄様が喋り続けていた。
私だって男性とのお喋りなんて、義弟のロバートとだけだ。
それにお喋り、というより悩み事を聞いてもらうが殆どだった。
「大丈夫ですよ、私も同じです。エルマルク様がみえればすごく賑やかになりますけどね。私、第二王子様があんなに気さくな方だとは存じておりませんでした」これは本心。自分の兄の事、何も知らなかった。
「そうだな。俺が彼に相談を持ち掛けたのをわざわざ直接マリーさんを紹介してくれたりして、王子なのに面倒見が良いんだよな」
そう言って笑うラウル様は、私がお兄様を振ったという話題には触れず、お兄様との出会いや今までいかに振り回されてきたかの話をしてくれた。
お兄様はお忍びでどこかに行くことが好きで、初めて出会った時はお互い湖を遊泳中だったとか。まさか王子が護衛も付けず、パンツ1枚で泳いでいるとは誰も思わないだろう、と。
私以外のこの国の王族には『加護』の力が定期的にかけられているので、本来護衛など必要ないのだ。人であれ魔物であれ、悪しきものは近寄れないほどの、強い加護。
「ラウル様は泳ぎが上手なのですか?」
「それなりにね。家の裏の森に湖があってよく泳いだよ」
「確か秘密基地も作られたのですよね」
「そう、実はそこに苺の畑も作って食べ放題も実現した」
「何ですか!その素敵な秘密基地は!」
……いつか招待して欲しい、その言葉を飲み込んだ。
私には「いつか」なんて存在しないのだから。
そんな話をしている間に、市場に着いてしまった。
歩いて30分はかかるはずなのに、あっという間だった。
ラウル様とのお話が楽しくて、一緒に歩くことが嬉しくて、野菜1つ選ぶにも笑いが絶えなくて、ずっとこの時間が続けばいいと思ってしまう。
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