遠い記憶なのに鮮明です

2/5

152人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 私は訳がわからぬまま、お姉様が呼んだメイドによって最低限の身を整えられ、ひとりで父の執務室へ向かう。  父はこのユーヴァルト国の王だ。  執務室に入ると、いつも扉の前で立たされていた。  扉と父のデスクとの距離は遠く、まともに父の顔を見た覚えがない。 「やっと来たか。私は忙しいのだ。待たせるな」  父は手元の書類に視線を落としたまま、ため息交じりに叱咤する。 「はい、申し訳……」 「黙れ、時間の無駄だ。お前に縁談が来た。隣国プライザ王国から、王子の正妃にとの事だ」 「はい?」  先日その職務を解消されたばかりですが?  しかも王子って…ロバート国王の息子のダンテ?  いや、私59歳ですが!? 「なんだ、その()の抜けた返事と顔は!詳細はわかってはいないが、プライザ王国には第一王子と第二王子がいる。そのどちらかだ。この世界一の魔法大国ユーヴァルトの恩恵にあやかりたいのだろう。全く、嫌気がさす」  魔法国は世界中で数えるほどしか存在しない。  その中でもユーヴァルトは魔法使いの数、質とともに世界一と言えただろう。ただし、それは10年以上前の話。最近では確か、クロリャ魔法国という小さな国が頭角を現してきていた。  それにしても、プライザ王国の第二王子…?  確かロバートの息子はダンテ1人だったはず。  しかも既にダンテのご正妃は存在している。 「何かのお間違えでは……」 「あぁ、私も思ったよ!キャシャラルドではなくリア、お前を名指しとはな!1年後に入国、その半年後に結婚式と打診してきた。厄介者払いが出来てこちらとしても好都合だがな!」  と、手元の書類を机に叩きつける。  私、1年後には還暦(60歳)ですけれども!?  動揺して辺りを見回した時、ふと本棚のガラスに自身の姿が映り込んだ。 「えぇぇっ!?」  思わず本棚に駆け寄る。  ガリガリに痩せた、17歳の頃の私の顔がそこに映っていた。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

152人が本棚に入れています
本棚に追加