転生は甘くない

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 人類皆、生き物皆、クソをする。  つまり、世界はクソで溢れてる――。  臭いも音も正直嫌で吐きそうになったが、もう慣れてしまった。  結局俺はもう残りわずか。  1ヶ月以上経っただろうか。まだ経っていないのか?  時間感覚が分からない。  暇すぎてほぼ瞑想していたし。  今なら出家できんじゃね?  とか思ってしまう。  次の転生、木魚でいいよ。ポコポコ叩かれる毎日のほうがマシだ。それに、お経も毎日聞いていれば今より浄化されて、平和な暮らしだと思うことができるはず。  トイレのドアが開き、俺は神経を集中させた。    今度は誰だ。毎度お馴染み、連れションの“のりのりブラザーズ”か?  音がしたのは正面のロッカーだ。どうやら掃除らしい。まだ俺は生き残っているため、交換されずに終わるだろう。    実は、掃除のおばちゃんだと思っていた人は若い女性だった。俺よりも歳上の綺麗なお姉さん。だがそれは推測に過ぎない。清掃業者の制服と配給されている帽子。マスクをしていて、黒縁のおしゃれ眼鏡を掛けているため、素顔は分からない。  俺の()のドアが開き、入ってきた掃除のお姉さん。  子供の頃、トイレには女神がいるとかなんとか、そんな歌があった気がする。少なからず俺にとっては女神だろう。クソする野郎しか見ていないから。 「……助けてあげられなくて、ごめんね」  ――――ん? 誰に言ってる? 「……ここで働いていた、紙居和希くんでしょう?」  ――――ちょ、ちょっと待て! 俺のこと知ってるし、転生してトイレットペーパーになってるのも知ってんの!? 「あー、すみません。状況が理解できていないです」  すると掃除のお姉さんは力なく笑った。 「私は御手洗清香(みたらいきよか)。でも、転生しているんだよ。本当は、橋本文則の妹として産まれるはずだったんだ」 「……はい?」  あの反社ヅラ鬼上司の妹!? 「今、33歳なんだけど、本当は妹として産まれるはずだった。流産して、すぐに別の家庭で産まれて赤ちゃんから転生したの。でも、どうしてもお兄ちゃんが何をしているのか気になって、清掃会社に就職して、ここにいる」  わけが分からなかった。頭が真っ白。  トイレットペーパーだけに――。 「あー、ってことは、あなたは転生の成功例ってことですよね。赤ちゃんから転生生活できて、33年……この先も、死ぬまで人間として生きられる。いいですね。俺なんか見ての通り、あと1回誰か来たら終わる量っすよ。なんなら、もう回収して燃やしてくれません? トイレットペーパーの転生はもうキツいっす。また死んで、何かになりますわぁ」 「私がもう少し行動するのが早かったら、紙居くんを救えたかもしれない。……ごめんなさい」 「意味が、分かんないっす」  掃除のお姉さんの目が潤んでいる。その涙を俺で拭いたら、また寿命が縮まるな。 「お兄ちゃんがしていることは、パワハラ。紙居くんにも仕事を無理矢理押し付けて、自分は楽ばかり。周りは、下手なことをすれば自分の首が飛ぶと思って、紙居くんがターゲットにされていることを知りながら、誰も手を貸そうとしなかった」  その通りだった。誰も助けてはくれなかった。年下の運命かな――なんて割り切ろうとしたけど、やっぱ無理だった。 「……今も、パワハラを隠そうと動いてる。私の父だった、市長も加わって。ふるさと納税の返礼品が、ここの桃ジュースとか缶詰の詰め合わせなんでしょう? 市にとっては貴重な財源だもんね」  そう言った掃除のお姉さんは、真っ直ぐ見つめてきた。トイレットペーパーだから、どこに目があるのか俺も分かっていないけど、なんとなく意思疎通できている感覚がある。 「お兄ちゃんの仕事を知りたくてこの仕事しているけど、途中から変わった。私は、この会社のありとあらゆるところにカメラを仕掛けてる。パワハラの証拠、市長との過剰な癒着、下請け工場への無理難題注文、特定桃農家さんの贔屓……クソみたいなこの会社の全てを、洗いざらい流出させる」 「いや、待ってってば!!!」  俺はトイレットペーパーであることを忘れ、大声を出していた。  心臓がバクバクする。冷や汗が流れる。  トイレットペーパーのくせに、こんな感覚が残っているとは思わなかった。 「盗撮盗聴で曝け出すって、逮捕されんだろうが! あなたは人間として転生できたんだろ。恵まれた環境で生まれたんだろ。親もいるだろ。逮捕されたら、悲しむだろうが!!」 「いいの。全部曝け出したら、死ぬつもり」 「なおさら家族が悲しむだろうが! 簡単に命を捨てんじゃねぇ!! …………って、俺が言える立場じゃねぇか…………」  情けないな。俺、自分で死を選んだんだった。  トイレットペーパーに転生した無様な俺の言葉なんて、なんも響かないし、何もできないし、掃除のお姉さんのことすらも助けてあげられない。 「紙居くんを助けられなかったことは、とても後悔してる。私が橋本家に産まれていたら、早い段階で指摘できて、立て直すことができたかもしれない。せめてもの償いとして、復讐を代わりにしてくるね……」 「ちょっ、ちょっと! 待って!」  掃除のお姉さんは、トイレから立ち去った。  何度考えても、清掃業者による盗撮と盗聴は犯罪だ。やっぱり捕まってしまう。死んでもほしくない。  こんな俺のために、デカい爆弾背負って、死へ飛び込まなくていいのに――。  トイレのドアが開き、足音が聞こえた。だがそれは掃除のお姉さんではない。 「……はぁーうぜぇ。桃農家の甘利(あまり)がよ、しつこい電話かけてくんだよ」 「甘利さん、待遇不満なんですか?」 「いや、他の桃農家ともちゃんと契約しろだとよ。甘利以外の桃農家は高齢化で、大量に出荷できるわけじゃねぇ。甘い蜜吸って、それなりにいい暮らしができてるのは俺らのおかげ、ってことも忘れやがって、老いぼれジジイにも手を差し伸べろだとさ。面倒くせぇ」  連れション“のりのりブラザーズ”だ。 「あー、なんか腹痛くなってきた。先戻ってろ」 「了解でーす」  俺の()に入ってきた、橋本文則。まさか憎き上司のクソで、俺のトイレットペーパー転生が終了するとはな。  テメェも一緒に流れちまえ。  地獄に堕ちろ。  クソが――――――。
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