転生は甘くない

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 リビングの窓から見える満月は、ホットケーキみたいで美味そうだ。    クソクソ言っていたトイレットペーパー転生を終えた俺。ゴミ焼却場で燃やされたが、恐怖や不安は特になかった。合掌して、脳内で南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と唱え、せめて次の転生は生き物がいいと願った。煩悩を捨て、次の転生生活を一生懸命過ごしますと神仏(かみほとけ)に誓った。    その結果、猫になった。  飼い主は、桃農家の甘利良一(あまりりょういち)。株式会社もものうちの工場に出荷する、得意先だった。40代でまだ若い桃農家。  そんなパパさんの話によると、どうやら元々の白い野良猫が死んでいて、でも体温がまだあったから動物病院連れて行って、生き返ったとのこと。つまり俺は、前の白猫の魂がなくなったところに入り込んだみたい。  猫生活は戸惑ったが、快適だった。  他の桃農家も、野良猫も助けようとした優しいパパさんと、料理上手で優しいママさん。そして小1の双子ちゃん。  少し早く産まれたらしいお姉ちゃんは、しっかり者。俺のご飯担当で世話好きだ。一方弟くんは、ちょっぴりビビりで泣き虫。俺に触るのもビビっていたが、今となっちゃ友達だ。夜が怖いみたいで、添い寝してあげている。  ちなみに今夜は、サメの抱き枕と寝るんだってさ。  夕方、パパさんが慌ただしく車を走らせたのを最後に、まだ帰ってきていない。ママさんは理由を知っているのか、夕食をラップして冷蔵庫にしまっていた。双子ちゃんには、“パパは仕事で遅くなる”と話していたが、何か隠しているのはよく分かる。    かと言って、理由が分からない。    パパさんは酒が飲めないし、ここ一帯は、0時近くまで開いている飲み屋すらない田舎。夫婦仲も見た感じ良さそうだから、不倫や風俗も考えられない。仕事といっても、こんな遅くまでかかるか?  玄関から物音がし、俺はトコトコ歩いた。足音はパパさんだ。ようやく帰ってきたみたいだ。 「……シロ、起きてたのか。静かに、だぞ」  俺の前にペットキャリー。その中には、白猫がいた。  ――おいおい、マジかよ。こっちは人間が転生した猫。本物の猫って……猫語分かんねぇぞ。 「全く同じことが起きたんだ。シロと同じ、死んでいるような状態だったにも関わらず、病院に連れて行って治療してもらったら、生き返ったんだ」  パパさんは、皆を起こさぬように囁いている。それでも興奮しているのは一目瞭然。めっちゃ鼻フガフガしているし、池だか沼だか、なんかの水全部抜いてきたのかってくらい、ツナギが汚い。 「同じ白猫どうし、仲良くしてやってくれないか? この子はメスだよ。年齢的には少しお姉さんだ。名前はモモにしようかと思ってるよ。子供たち、朝びっくりするだろうなぁ」  そう言うと、玄関先にペットキャリーを置いた。外へ行き、車内へ向かう背中を見つめる。やはり飼うつもりらしく、ゲージやトイレを積んでいる状態だった。  ――新しい家族か。  モモと名付けられた白猫は、俺と違ってオッドアイだった。捨て猫か野良猫か分からないが、美人ならぬ美猫である。  そうこうしているうち、リビングにモモのエリアができたが、俺の定位置窓際にやってきた。ふかふかクッションを横取りする気だろうか。だったら先住猫として、シャーと一発お見舞いしてやるぞ。 「お、もう仲良しになったんだね。じゃぁシャワー浴びてくるね。あんまり運動会するんじゃないぞ」  呑気なパパさんがリビングを去り、俺とモモのふたりきり。 「……今度の転生、成功じゃない?」  聞き覚えのある声。浮かび上がる掃除のお姉さん。  嘘だろ!?  ってことは、本当に死んだんだ――。 「なんで……」 「私はあのあと、全部SNSに曝け出して、大炎上させた。身バレもしたし、警察が来るのも時間の問題だと思ったんだけど、その前に車に轢かれてね。ついさっきの話」 「……単なる事故ですか? それとも、もっとヤバい感じ?」 「一応事故。ただ、本当のところは分からない。ヤクザみたいな人たちが、手を回して私を殺そうとしたのかもしれない。別にもう何もできないけどね。白桃市長も辞任して、警察の事情聴取受けてるし。紙居くんの会社もボロボロ。今、副市長が代理になっているけど、噂ではここの甘利さんが市長選出るんじゃないかって話」  俺は首を振った。 「パパさんは、そんな気ないです。あくまでも桃農家。桃を育てて地域活性化に繋げて、高齢化している桃以外の農家さんも一緒になって未来を考えている……ってのは本当ですけど。政治路線は行かないですよ」 「ふふっ、パパさんだって。もうすっかり甘利家の一員だね。でもよかった。また紙居くんに会えて。あー、シロくんって呼んだほうがいいのかな」  俺は、お気に入りのふかふかクッションの半分を開けた。モモさんが隣に座り、窓から景色を眺めている。オッドアイの瞳が、月明かりで宝石のように輝いていた。  素敵なモモさんとこれから一緒に暮らす――。  これはもう、転生大成功だ。  当初の願い、美女とイチャイチャ確定じゃん!!  猫生、万歳!!! 「モモさん……月が綺麗ですね」 「そうね……」  鼻を近づけようとしたが、思わず天を仰いだ。煩悩を捨てるからと神仏に誓った焼却場に戻って、やり直したい。  俺、去勢手術、されたんだった――――。  やっぱクソ転生じゃん。  ――了――
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