第一章・花が咲かなきゃ実もならない 3ー①

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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 3ー①

その日の匠の部屋は、大勢の客で溢れかえっていた。 実質は、バンドのメンバーが彼女を連れて来ただけなのだが、6人用のこたつに9人が、定員オーバーの所を無理矢理に座っているような状態だった。 事の初めは、大学祭の打ち上げの時に、匠の彼女である真弓が「家に行きたい」と言い出したのが始まりで、もう一人の彼女と思い込んでいる女に牽制したことからだった。 そんな意地の張り合いから始まり、真弓の家の猫が子供を生んだので、里親探しをしていると言う話に移行して、それぞれの彼女が「猫の赤ちゃんがみたい」と言い出して、現在に至る。 こたつの真ん中には、2匹の子猫、それを囲むように男女が9人。 すし詰め状態で座りながらも、猫の取り合いをしていた。 正実はそれを見て、眉を顰めた。 どの女も、まるで媚びを売るように猫が可愛いと言っている。 今日、集まったのは里親探しの為である筈が、猫には触るが「話題の一つ」に過ぎない感が否めない。 女達が猫を使って自己アピールをしているようにしか、正実には見えなかった。 正実がお茶を出してやると「弟くん、ありがと~」と語尾を伸ばして媚びられるのも嫌だった。 大介の彼女の久美には相変わらず睨まれるしで、今日は匠の部屋にいるのを諦めようとした時。 去ろうとした正実の腕を、大介が掴んだ。 「どうした?正実。……どこへ行く?」 「今日は こたつ一杯じゃん。だから、自分の部屋で勉強してくるよ」 「俺の膝に座れば良いだろ?」 そう大介が言った途端に、隣の久美から殺気のようなものが突き刺さって来た。 大介のおおらかなのは良いところだが、デリカシーがなさ過ぎると、正実は頭を抱えた。 引き留める手をやんわりと退け、正実は「じゃあ、どうぞ ごゆっくり」と言って部屋を出た。 正実は兄の部屋を出て、廊下を突き当たった自室に帰って来ると、溜め息を漏らす。 兄の20畳あまりある部屋と違って、6畳しかない正実の部屋は、勉強机と本棚位しかない質素なものだった。 小さなCDデッキはあったが、それでシャカシャカと低音の聞こえない音楽を聞く気になれなくて、いつも兄の部屋に行っていた。 「ちょっと……。何で、俺のベッドの下にエロ本が積んでんだよ……。まるで俺が読んでるみたいじゃん……あの、馬鹿兄貴」 あんなに広い部屋を持っている癖に、あそこは音楽の部屋だと抜かし、その隣の部屋は倉庫代わりにして、ベッドに至っては、未だに正実と二段ベッドの上下で寝ている有り様だ。 正実が勉強するべくランドセルを開くと、ドアをノックする音がした。 「正実、ちょっと良いか?」 その声で大介だと分かり、すぐに扉を開けた。 「どうしたの?」 「……なんか、今日は悪かったな。匠の彼女が……」 「中、入って」 兄の部屋のように、ロックバンドや裸の女のポスターもない。 普通の小学生男子の素っ気ない部屋へ申し訳なさそうに入る、バツの悪そうにする男の姿に正実は笑いを堪えた。
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