第一章・花が咲かなきゃ実もならない 3ー②

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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 3ー②

「今日は猫の里親探しって言ってたけど、誰か引き取ってくれるって決まったの?」 「あぁ、あれなぁ。真弓が……匠の彼女だけど、猫をネタに匠の家に来たかっただけみたいだな。他の奴も引き取るつもりないみたいだし。吉野と原田の彼女も、何か匠に色目使い出したし、メンバー同士が揉めるのも困んだけど……」 「俺、猫の事は詳しくないんだけど。あれ大丈夫かなぁ?」 「何が?」 「目も開いて間もないのに、母猫からこんなに長時間、離して良いのかなって思ったんだけど。このまま連れて帰っても心配だけど、いらないっていって、また親に戻すのも……」 「……それはそうだな。ちょっと待ってろ」 大介は部屋を出て行くと、数分してまた戻って来た。 結局、吉野の彼女と久美が引き取る事になったらしく、絶対に責任を持って育てるよう念を押して来たらしい。 「そっかぁ。なら良かったぁ」 「小学生のお前に心配させるなんてな。……悪かった」 「大介さんのせいじゃないだろ。まぁ、猫をネタにするのはちょっとヤだなと思ったけど。でも、大介さんの彼女も引き取ってくれて良かった。優しい人なんだな、彼女」 「それは、どうかなぁ……」 「え?何で?」 「あいつん家、ペット禁止のマンションなんだよ。なのに、何で引き取るなんて言ったのかな。もちろん人に譲るにしても、最後までどうするか俺も聞いとくけどな」 それは本当に、猫を引き取るつもりがあるのか。 大介がいる手前、そんな見栄を張ったのではないだろうかと心配になった。 正実の不安を大介が察知したのか、頭をポンポンと叩いて来た。 「ゴメンな。また、お前を悩ませてるな。多分、俺と同じ事を考えてるだろ?」 「……うん。……彼女、良い人、なんだよな?」 「正直、分からない」 久美は大介と同じ専攻で、いつの間にか同じ研究班にいた。 ライブにも来るようになって、告白されて付き合ってみたものの、ときめきを感じてはいないので、このまま交際を続けるのもどうかと悩んでいる。 そこまでは、子供の正実には言えなくて、そのまま言葉を濁すように話を切り替えた。 「正実、今日は勉強しなきゃダメか?それ、宿題か?」 「いや、宿題じゃなくて自主勉だけど」 「なら、俺と出掛けるか?」 「え?……でも、彼女が……」 「久美は、猫を連れて帰るのに長居出来ないし、遊びにも行けないだろ?それに俺とは反対方向で、原田の家の近所だから、そっちで送って貰うよ」 「……良いの?」 「良いよ。……どこ、行きたい?」 「百貨店の屋上!」 「オイ、……えらく具体的に言ってきたな。まぁ、小学生らしい所だけど」 「それでな、お子様ランチの旗!欲しい!あれ、集めてんだ、俺」 「面白いモン集めてるな。そしたら、俺も頼んで、旗の収集に協力してやる」 「えぇっ?!大人で頼むとか!恥ずかしくないのかよ?!」 「金払ってんのに、何で恥ずかしいんだよ。別に良いだろ。俺、2~3皿は食べてやるから、一気に貯まるな!」 「大人はダメだって言われないかな……」 そして正実は大介の手に引かれ、こそこそと匠の部屋を通り過ぎて家を出た。 バス停まで来た所で、大介は匠にメッセージを送った。 『猫への追跡をよろしく!最終確認は俺がするから。それと正実を借りました。これからデートして来るんで、久美には適当に誤魔化しておいてくれ』 メールを打ちながら、口で音読する大介に、正実はクスクスと笑っていた。 「大介さん、携帯苦手なのか?」 「苦手だな。電話するのも苦手だ。携帯そのものが好きじゃない。……というどころの騒ぎじゃなくて、ほとんど使いこなせてない」 「そしたら、俺とアドレス交換するの、止めとく?」 「お前、携帯持ってんのか?」 「持ってるよ。塾に行くなら持てって言われて」 「交換しよう。今すぐ!」 そう言っても手際の悪い大介に、正実が大介のスマホを借りてアドレス交換をしてやる。 その時、大介の待ち受け画面を見てしまった。 そこには、長いストレートヘアを引きつめるようにして後ろに結った、勝ち気そうな美女が映っていた。 その美女は、小さな男の子を抱いている。 妹だろうかとも考えたが、年齢としては大介よりも年上に見える。 一番下の妹が8歳だと言っていたが、その子は幼稚園位に見えるし、ましてや女の子でもない。 これが誰なのかと聞いてみたかったが、幼い正実でも聞いてはならない何かを感じた。 大介に携帯を返すと、駅へと向かうバスがこちらへ向かってくるのが見えた。
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