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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 3ー③
正実は基本、暗く考え込まない質なので、百貨店の屋上にある恐竜の形をしたエアートランポリンの中で走り回っていたら、すっかり忘れてしまった。
それがあまりにも楽しそうだったので、大介もトランポリンの中に入りたいと係員に言うと、大人は駄目ですと断られ、外からトランポリンをバンバン叩いている。
大介は羞恥心がないだけでなく、子供っぽい部分もあって、それには正実の方が恥ずかしくなった。
一通り遊んだ後、食道街のレストランで4種類のお子様ランチを全て頼むと、店員は訝しげな顔をしていたが、一応は持って来てくれた。
「うお~!お子様ランチ、1日で全制覇~!写メしとこう!」
「俺も妹多いけど、この光景は初めてだわ……」
「店員さんに『大人の方は駄目なんです』って言われたら、どうするつもりだったんだ?」
「田舎から出て来てるので、お子様ランチがなくて、弟に食べさせてやれないんです。必ず残さずに食べますから、お願いします……って言おうと思ってた」
それには、正実も大笑いした。
「こんな悪そうな、いかにも遊んでそうな兄ちゃんが、田舎の人な訳ないだろ~!笑える!」
大介の今日の出で立ちは、ファーの付いた短いジャケットに、あちこち破れたダメージジーンズ、ギラギラに飾りの付いたブーツを履いていて、とても一般人には見えない。
「お前な、俺は高校まで山形県のド田舎に住んでたんだぞ?大家族の長男で、妹達の世話と、さくらんぼの世話に追われてたクソ真面目な青春時代だったんだ。田舎モンの極みだぞ」
「ド田舎でジャズベース弾いてたんだ?」
「田んぼや畑しかないから、誰にも怒られずにガンガン弾いてた。まさか東京に来て、ロックをやらされるとは思ってなかったけど」
「ベース弾く以外は、クソ真面目な田舎者か~」
「そうだな。あまりにも田舎者過ぎて、痛い目にもあった」
「大介さんが、ヒゲ生やすキッカケになったヤツか」
正実は言った後に『しまった』と思った。
大介の顔が、みるみる無表情になっていくのが分かったからだ。
「何て言うか、まぁ、騙されたんだよ、ようは。この人は運命の人だと、高校生のガキが突っ走った挙げ句、撃沈した」
「別れちゃったのか……」
「別れるもクソも、向こうは本気じゃなかったしな。俺の顔が好きって言ってたのは、本当に『顔だけ』が好きなんだって思い知らされてさ。……て、子供に言う話じゃなかったな」
正実は顔を振った。
その時、大介は心の底から傷付いたからこそ、顔を隠したくなるまでの心理に陥ったのだ。
その美貌が恋の邪魔をしたのか、恋を破滅に向かわせたのか。
次の恋は幸せになって欲しいと思う。
これだけ子供好きで、妹達や、他人である自分にまで優しい大介は、家族愛に溢れた幸せな結婚生活を送るだろうと思ったからだ。
「今の恋は上手くいくと良いな」
「いや、多分、駄目だ」
「え?何で?!」
「今日、改めて思った。俺は久美を好きじゃないし、これからも好きにならない。……だから断ろうと思ってる」
「……そうなんだ」
「正実はどうなんだよ?クラスに好きな子とか、いないのか?」
「え?俺?」
好きな子、と言われ、思い描く顔はなく。
目の前の乗り出して来た、美しい顔が目に焼き付いて。
「ばっ!馬鹿っ!俺、まだ小4だぞっ?!」
「4年なら好きな子がいたっていーんじゃないの?」
「いないよっ!」
「そっか。出来たら教えろよ~」
正実は耳を真っ赤にして、心臓をバクバクさせ失神寸前になっていた。
好きな人はいる。
でも、その人は自分を絶対に好きにはならない。
男である上に、子供だからだ。
大介が好きだ。
このおおらかで、優しくて、清々しく、美しい男が好きだった。
正実はこの想いを一生、告げる事はないだろうと思った。
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