第一章・花が咲かなきゃ実もならない 4ー①

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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 4ー①

正実が2階の自室にいると、下のリビングから雷が落ちるような衝撃音がした。 飛び上がるようにして驚いて、階下に降りると、真っ二つに割れたこたつの天板が床に落ちていた。 「ちょっと、やめてちょうだい!お父さん、たくちゃん!」 「お前は黙ってろ!」 ここ最近、父と兄がよく喧嘩しているとは思っていた。 何度か掴み合いになった時もある。 だが、こんな物が破壊されるまでに至った事はなかった。 「母ちゃん!これ、何?」 正実が割れたこたつ天板を指差した。 「たくちゃんがね、怒って叩いたら、割れたの!バァーン!って」 「割れんの?こんなぶっといもんが?!」 母親は、正実が引き込まれないように、その体を父と匠から引き離した。 「何度も言うけどな!俺は音楽でやってくんだよ!もう、レコード会社の社長とも話はついてる!」 「せっかく大学まで行かせてやったのに、この馬鹿息子が!恩をアダで返しやがって!そんな水物の世界で一生食っていけるか!」 「俺はロックがやりたいんだよ!」 「食えるかも分からない職業の為に、大学を辞めるだと?!この馬鹿息子が!」 匠は暫く父と格闘した後、家を飛び出した。 正実はそんな兄に、声をかけられず。 母親は涙目になって、溜め息を付いた。 「たくちゃんが楽器を練習するの、ご近所から文句言われてたの、知ってるでしょ?」 「うん……」 「それが、町内会でも話題になってね。もう少しどうにかしてくれって。斜め向かえの上村さん所のお兄ちゃん、今年、医学部受験するんですって。だから騒音は困るって……」 「良くんが?」 「そうなの。だから、その話をしてたら『大学辞める』って言い出して、お父さんと喧嘩になっちゃったのよ。まー君……お母さん、もうどうしょう……」 母も、小さな息子に愚痴を溢す程、精神的に追い詰められていた。 兄の匠は、成績が優秀だっただけに両親の期待も大きかった。 その点、凡人だった正実は父に馬鹿呼ばわりされても、兄のような過度の期待をされなかったので、気楽ではあった。 このままでは、兄は2度と帰って来ないかも知れない。 「母ちゃん。俺、大介さんに連絡してみる」 「まー君……」 「大介さん、多分、何とかしてくれると思うから」 平日の夕方だから、バイトの時間かも知れないとは思ったが、正実は大介の携帯に電話をかけた。 4回目のコール音のあと、低く甘い声が返ってきた。 『正実か?……どうした?』 「大介さん、ゴメンな。今、バイト中?」 『いや、今日は休みだけど』 「実は、兄ちゃんが父ちゃんと喧嘩して、家出しちゃって……」 『え?家出?子供かよ?!』 「恥ずかしいけど、子供並です……」 『分かった。何とか連絡取って、連れて帰るから、お前も携帯は肌身離さず持っておいてくれ』 「分かった」 一応、匠の携帯を鳴らしてみたが、家の中にはないようなので持って出てはいるが、その着信に匠が出る事はなかった。 父は匠を普通の仕事に就かせたいと思っているようだが、正実はそちらの方が想像出来ない未来だと思う。 あの生まれながらにしてロッカーの兄が、髪を短く整えてスーツを来て、毎日通勤する。 そんな人生を送る位なら、場末で違うジャンルの歌を歌わされてたとしても、匠は音楽と共にある人生を選ぶだろう。
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