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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 4ー③
「確かに、全員、そこそこ巧かったよ。顔もアイドルみたいだったし。ただ、演奏だけじゃなくて、床上手でもあったけどな」
メンバーに身売りさせ、仕事も受ける。
業界にはゲイが多いので、予想以上に色々な仕事が予定に入ってきた。
「俺はタチしか考えられないって言ったら、それは許されたけど、それでもさぁ、えげつない相手が来るんだよ。テレビ局の偉い奴だとか言ってハゲデブの親父とかさ。有名メイクアップアーティストのナヨナヨしたオッサンとかさ」
「……お前、女しか駄目なんじゃなかったのか?」
「俺は、女も男もイケるってだけで、男の方は世間体もあるから隠してた。流石にそんな汚ねーのを相手にした後は胸焼けするから、ここに来て綺麗な男と一晩過ごして忘れるようにしてた」
CD発売の約束や雑誌の取材と、仕事が決まっていく毎に罪悪感が募る。
自分の歌唱力で勝ち得た仕事ではない虚無感。
どんどんと汚れていく、自分の体と魂。
歌えと言われた日本語の歌は、美しい恋の歌や愛の歌ばかりで、そんな世界から何万光年も離れた世界に住んでいる自分が、あたかも自らの体験談のように歌う。
「もうさ、『お前だけを愛してる』なんて歌詞が出てくると、声が出なくなるんだよ。男娼みたいな生活してる俺がさ、こんなの歌って良いのかって」
「その仕事、契約しちまったのか?」
「もう逃れられない。俺は、どんなに汚かろうが、この芸能界で生きて行く」
匠の意思は固かった。
恐らく、このオファーは昨日今日の事ではなく、以前から受けていたのだろう。
匠は早く家を出たがっていたから、生きていく為の金を得る代償として、その音楽スタイルを貫くのは断念したのだ。
日本で匠のやりたいようなブリティッシュスタイルのロックで売れようとしても、まず不可能だ。
それも全て英語の歌詞では、日本の芸能界が受け入れるのは難しい。
「もう、後戻りは出来ないか」
「出来ないよ。来週からレコーディングに入るんだぞ?」
「……そうか。それが、お前が選んだ人生なら それでも良い。ただ家には帰れ。家を出るなら、ちゃんと家族を納得させてからにしろ」
「……大介」
「お前の売り方は気に食わないが、せめて家族にだけは誠実であれ。……正実は、お前に憧れてんだぞ?」
「正実が……」
「兄ちゃんには、デヴィット・カヴァーデールみたいに、世界的なギタリストを従えて世界中を廻るだけの才能があるから、って自慢してんだぞ、俺に」
「……あの、馬鹿……」
「おじさんとの和解は完全には無理でも、せめて正実にはちゃんと説明してこい。本当に家を出るなら、実証してやれ」
項垂れる匠を連れて、大介は店を出た。
近くのパーキングに停めていた車に乗り込んで、匠の自宅へと向かう。
「大学はどうする?」
「辞める。これから仕事が増えるし、学生はしてらんないから」
「そうか。そしたら、俺たちのバンドは解散だな。あれは、元々お前のバンドだったし。『メタル研究会』は、俺は続けるつもりだけど」
「……ゴメン、大介」
「お前の音楽で売れたい気持ちは、判らなくはない。俺にも似たような思いはあるから。ま、俺の場合は音楽じゃなくて、実家の仕事だけど」
「え?まさか、農家で?」
「何だよ。農家で革命起こしたら駄目なのかよ」
匠は久しぶりに腹の底から笑った。
家に着いて、一緒に父親に説明してやろうかと言う大介の言葉には首を振る。
「父親には自分から説明しないと意味がないから」と言って、寂しげな笑みを浮かべた。
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