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第二章・恋の発芽は時期外れ 1ー②
ぼんやりと授業を終え、正実は一人、喫茶店にいた。
昼間の事を反芻する。
告白の直後、正実はその場で3分は固まっていたが「急いで返事をしなくても良いから」という倉田の言葉で、現実に覚醒した。
倉田は嫌いではない。
それどころか学生時代の中では、最も仲が良い友達だとは思う。
お坊ちゃん特有の甘い所はあるが、それでもクソの付く真面目一辺倒の男だし、好青年ではある。
いわゆるお金持ちのお坊ちゃんだが、イケメンだし、女子の人気が高いのも周知の事実だ。
正実は、自分がゲイかと聞かれたら、それにはどう答えればいいのか分からなかった。
たまたま好きになったのが男だっただけで、その人以外に好きな人が出来なかったので、性的対象が一人しかいない中、相手が男でなければならないのかと問われると悩んでしまう。
別に好きな人を作らないようにしているつもりはないのだが、元来が不器用なので、ついずるずると成人を迎えたこの年まで来てしまった。
倉田には、何と断れば角が立たないだろう。
それを悩んでいると、喫茶店の扉が開いて待ち合わせていた人物が入って来た。
「待たせたな、正実」
「遅いよ、兄ちゃん」
現れたのは、相変わらず美しい巻き毛を肩にかかるまで伸ばした匠だった。
モデルのように長身であり、日本人離れした そのスタイルや面差しは以前のままで、匠が歩くと通り過ぎるほとんどの人間が振り返る。
「兄ちゃんは変わらないね。全然、老けてない」
「まだ、30だぞ?じじい扱いすんなよな。お前も大学生になったっていうから、どんなに男っぽくなったか期待してたんだが、……小学生の時とあんま変わんないな」
「くっ……気にしてる事をっ。そんなドSっぽいところも昔のままだな、兄ちゃん」
10年前に家を飛び出した匠は、イケメンバンドでデビューしたものの、一発屋で終わってしまった。
それから数年、姿を見せなかったが、某少年誌で連載しているSF漫画「ドラゴン・スター」がアニメ化し、そのオープニングテーマを歌う歌手に抜擢されてから、飛ぶ鳥を落とす勢いになった。
匠はアニメソングを歌う歌手として、第一線に踊りでて、今では海外でライブを行う程に人気があるらしい。
「しかし、兄ちゃんがドラゴン・スターの曲をテレビで歌ってんのを観た時、感動しちゃってさ。父ちゃんも母ちゃんも、アニメ観て泣いてたよ」
「それ、マジか?あの、歌手なんかクソだって言ってた親父がか?!」
「口だけだよ、そんなの。だって今でも兄ちゃんが歌ってるアニメは、絶対に観てるよ」
「時代は変わるんだな~。丸くなったか。老けたもんだな、親父」
「今なら多分、家に帰って来ても父は怒らない」と言っても、匠は肩をすくめた。
もっと年老いて人生を達観出来る位になったら、笑って両親に会いに行けるかも知れないが、今はまだ自分の事だけで手一杯なのだと言った。
それでも、あれだけ荒れて家を飛び出した頃の兄とは、何かが変わっているように感じる。
あの頃にはない穏やかなゆとりのようなものがが、兄の中に生まれているようにも思えた。
「でも、兄ちゃん、変わったな。何か、前みたいにギラギラしてないというか……」
「生活が安定してきたからかな?」
「誰か良い人出来た?」
無意識に口にした言葉だったが、それを口にした瞬間、大介の面影が瞬間に過った。
あれだけ女達を渡り歩いた兄が、本当に愛していたのは大介だった。
その衝撃は、今も刃のように胸に突き刺さっている。
「……そうだな。今は、マネージャーと一緒に住んでる」
「恋人?」
「まぁ、そんなもんかな?」
「幸せなんだな。兄ちゃん」
「俺も落ち着いたよ。大分、オジサンになったからな」
それから2人は、他愛もない近況を語りあった。
兄と同居しているマネージャーの沙里奈のお陰で、ドン底に落ちたミュージシャン人生から這い出る事が出来た。
今は次から次へと仕事が舞い込んできて、忙しくて目まぐるしい生活を送っていて、次のライブでは、ドーム開催のトリで歌う事になったという。
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