序章・さくらんぼの恋 ②

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序章・さくらんぼの恋 ②

週に2日は『メタル研究会の集い』といってメンバーが集まり、持ち歌を練習しつつ、煙草の煙にまみれる この日になると、必ず近所から苦情が来る。 ごく普通の一軒家で、ドラムやベース、ギターにシャウトするヴォーカルと、爆音をご近所様に振り撒き、明け方までドンチャン騒ぎなのだから、苦情も来ない方がおかしい。 今日も正実は、爆音部屋でドラムの吉野とギターの原田の間に座り、こたつでスナック菓子を摘まむ。 吉野と原田は、まだ小学生の小さい正実にも優しくて、苦手な算数の宿題も解りやすくと教えてくれる『面倒見の良いお兄ちゃん達』だった。 正実は、勉強を兄の匠には絶対聞こうとはしなかった。 兄の成績は、吉野と原田より遥かに上だったが、とにかくスパルタなのだ。 「こんな問題も出来ないのか、馬鹿!」「この問題が絶対に解けるようになるまで、寝かせないからな」と言ってムキになって教えてくるので、勉強に関して匠には絶対に聞かない。 兄達が演奏する横で、その日の宿題をする。 そんな環境下で育った正実なので、たとえ隣で兄達が爆音を出していても、平気で寝られる耐性が出来ていた。 いつも通りこたつで横になり、正実はウトウトとし始めた。 『大学祭で演奏するって言ってたなぁ。みんなプロみたいに上手いし。大きい会場で聞くの、楽しみだな』 オチかけた正実の肩に、何かふわりと掛けられたのを感じて、そちらの方に目を向けた。 ベースの大介(だいすけ)大介が、正実に上着を掛けてくれていた。 「あ、悪い。起こしたか?」 大介は兄の匠と変わらない大柄な男だった。 だが華やかな兄とは正反対の、むさ苦しい風貌だった。 切りっぱなしでボサボサな長い黒髪は、前髪も鼻先辺りまで伸びているので、目がまるで見えないし、髭も無精髭と言えば聞こえが良いが、只の伸ばしっぱなしという有り様だった。 鼻筋はしっかりと通っており、形の良い大きな唇からしても男前には思えたが、如何せん目が見えないので、全体的に暗い印象だった。 そんな容姿の大介は、名前からも大学では『次元』などと呼ばれている。 アニメのルパン三世に出てくる『次元大介』にそっくりだったからだ。 ベースの弾ける大介は、メンバーとしては一番最後っぽくに『メタル研究会』へ無理矢理連れ込まれたが、本来はジャズを演りたかったらしい。 だが、それは匠によって無残にも却下された。 だが、そんな大介のカラーもあるからか、匠のバンドの曲は、ヨーロッパ風でありながらブルージィだ。 他のメンバーと等しく、大介も正実には優しかったが、正実はあまり近寄らなかった。 大柄で、その目が髪の毛で隠れている見た目に物凄い威圧感を感じて、初対面から尻込みをしていた。 だが、流石に上着まで掛けてくれたからには、礼を言わない訳にはいかなかった。
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