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第二章・恋の発芽は時期外れ 1ー③
「え?ドーム?!ちょっと!スゴいな!」
「俺だけじゃなくて、何人かで歌うんだけどな。アニメファンってスゲーんだよ。俺、世界的に売れたアニメのオープニングに、3連続当たってるからさ。男女関係なく追っかけがいるし、海外からも来るからな」
「スゲーな!アニソン歌手!」
「まぁ、変なバンドより客を集められるわな」
チケットを「2枚くれ」と言うと、「恋人か?」とからかわれた。
「そんなんじゃないよ。大学の友達。……でも、あいつ、アニメとか全然知らなさそうだけどなぁ……」
「それなら、もう1つの方のチケット、やるわ」
匠は内ポケットから2枚、チケットを取り出して、正実に渡した。
そのチケットには、「久保田匠デビュー十周年記念ライブ『STARGAZER』」と書かれていた。
「兄ちゃん……、これ……」
「そうなんだよ。吉野と原田には繋がりあったんだけどさ。半年位前に、山形から仕事で東京に来た大介と会えてさ」
『STARGAZER』は、匠が大学の時に組んでいたロックバンドだ。
「大介さん、元気にしてた?」
「何かさ、スーツとか着ちまってて、誰かと思ったよ。ああ、髪の毛は長いまんまだったけどな。今は、親の後を継いで農家をやってるらしい」
「さくらんぼ、育ててるんだ……」
「あいつの夢だったからな。何かオリジナルの品種を作ったとかで、その宣伝に忙しいんだと」
「大学でも、その研究、したそうだったもんな」
大介は、音信不通になった後も、確実に夢に向かって歩き続けていた。
跡継ぎが農家離れしてしまう現代で、親の後を継ぎ、更に進化させて、発展させるなんて凄いことだと思う。
大介はやっぱり、器の大きな男だった。
「正実は、いつも大介の膝の上に乗ってたよな。大好きなお兄ちゃんだったもんな」
「そう……だな」
「そんでさ。そのチケットのライブは、久しぶりに大学のメンバーが集まろうって話になってな。これは、俺のホームページにも乗せてないし、宣伝してないから客は来ないかも知れないけど」
「あのメンバーで、ライブやるの?!」
「全員、曲忘れてなきゃ良いけどな。……あ、吉野が『STARGAZER』のホームページを閉じてないって言ってたから、そこには宣伝乗るから、昔からのファンは来るかな?」
正実は心臓の音がうるさく鳴り響くので、思わず胸を押さえてしまった。
兄のバンドは海外で誕生していたら絶対にヒットしただろう、確信が持てる実力のあるバンドだった。
たった一晩限りかも知れないが、それが また復活する。
もう解散だと聞いたあの時のショックは、計り知れないものだった。
「想像以上に小さいライブハウスだぞ?ひょっとしたら、お前と友達の2人しか観客がいないかもよ?」
「行くよ!必ず行くから!」
「良かった。……大介もさ、お前に会いたがってたよ。正実はどうしてる?今、何してるんだ?って、ガーガー聞いて来て、うるさかったぞ?」
兄に頼まれての子守りではあったが、情が移る程度には、思ってくれていたのだろうか。
嬉しいと思う反面、何かがチクリと胸を刺す。
「大介さん、変わってなさそうだな」
「そうだな。何か、あの地帯の農家の青年部みたいなのでリーダーやったり、政府を通じて日本のさくらんぼを海外に宣伝したり、偉い奴にはなってるみたいだったけど」
「忙しそうなのに、ライブ出来んの?」
「何か、今はさくらんぼのPRで ほとんど東京にいるらしいぞ?住所、教えといてやろうか?」
住所を聞いても訪ねて行く勇気はない。
あの時、兄を連れて帰って貰ったのに、こちらから強引に切るような形で別れてしまった。
正実は今さら、どの面下げて会いに行けば良いのか分からなかった。
「忙しそうだし、遠慮しとくよ。ライブで演奏してるカッコいい大介さんを楽しみにしとく」
「こいつ……。臆面もなく、大介にカッコいいって言いやがったな。お前の兄ちゃんはどうよ?カッコいいだろ?」
「舞台の上ではね。舞台から降りたら、ただのスケコマシだったもんな」
「相変わらず毒舌な弟だな、お前」
スーツを着ているだろう大介。
第一線で働いているだろう大介。
兄と同じ30にもなるのだから、妻や子供もいるのかも知れない。
それを思うと、胸が苦しくなる。
正実の中で、初恋の後の傷痕は今も癒える事なく膿んで、血を流し続けていた。
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