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第二章・恋の発芽は時期外れ 3ー②
「正実、お前さ。何でさくらんぼが届かなくなったんだ?」
「え?あ、あの後も送ってくれてたの?」
「住所不定で帰って来たぞ」
「ごめん……。うち、引っ越したから……」
「手紙で連絡くれたら良かっただろ?」
「だって、もう、連絡しちゃいけないって思ったから」
「何で、そんな風に思ったんだ?」
あの時の事は、今も覚えている。
兄が家を出て行ってしまったというショックと、兄の大介への気持ちを知ったショックと。
兄のバンドがなくなってしまう寂しさと。
自分の立場では、大介とどうなる事も出来ないもどかしさや、切なさ。
何よりも、兄から大介が自分を『頼まれて世話をしている』と聞かされた時の絶望感は、今、思い起こしても胸が痛い。
正実は隠し事の出来ないタイプなので、ビールの勢いもあって包み隠さず話した。
兄の気持ちと、自分が大介に叶わぬ恋をしていた、という部分を除いて。
「後でさ、……その、大介さんは兄ちゃんに頼まれて……、とか、義務感で俺を面倒みてくれてたのかと思ったら、何か会うのも申し訳なくなっちまって……」
「それで電話もメールも、荷物も届かなくなっちまったのか……」
「……ごめん。子供だったから、何て言って良いか分かんなかったし、ただ、迷惑を掛けたくないとは思ったんだけど」
「馬鹿!迷惑な訳ないだろっ!」
大介は強く否定した。
正実は そのあまりの力強さに、ビクンと体を震わせた。
「俺は人に頼まれて世話なんて絶対にしねぇよ!聖人君子じゃないからな。そんなにお優しくはないぞ?お前が可愛くて仕方ないから、一緒にいたに決まってんだろ!」
「そうだったんだ……」
「そうだったんだ、じゃない!……お前と連絡が取れなくなったこの10年間、俺がどれだけモヤモヤしたと思ってるんだ?!」
「え?あ、そうなの?!」
急に連絡を切られて、匠に聞くにも匠まで音信不通になり。
毎年、送っていたさくらんぼも届かなくなり。
山形で実家を継いでも尚、東京に来た時は探し回って。
やっと、匠に連絡がついて、正実の存在を突き止めた時には、狂喜乱舞した。
「え……?ちょっと、そんなに探してくれてたの?」
「まだ実家にいた頃に、押し掛けてれば良かったとか後悔した。何度か「もういいか」と諦めかけたよ。お前はまだ子供だったし、俺も小学生相手に何ムキになってんだって思ったり。でも、何かこんな別れ方は絶対に嫌だって思ってたから、いつか必ずお前を見つけてやる!ってムキになってた」
正実は、嬉しくて堪らなかった。
自分から離れたのに、大介は諦めずに追って来てくれていた。
友達の弟でしかない自分に、そこまで想っていてくれただけでも、嬉しかった。
あの時、自分勝手な思い込みで勝手に縁を切ってしまったのが、悔やまれてならない。
「大介さん、ごめんな。俺、あん時は子供だったから」
「構わないよ」
大介が正実のコップにビールを注いでやった。
注がれるビールを見ていると、それがユラユラと揺れているようにダブって見えて、自分が かなり酔っている事に気が付いた。
「あの頃は、まだどうこう出来る時じゃなかった。お前だけじゃなく、俺も。だから少し回り道するのは『必然』だったと思う」
「じゃあ、また、前みたいに一緒に遊んでくれる?」
遊ぶってなんだ、と自分も心の中で突っ込む。
相当酔ってるな、と思いはするが、口と頭が結び付かない。
「遊んでやっても良いけどな。遊びだけじゃなくて、今度は俺の『本気』も知って貰いてぇな」
「本気って……」
聞きかけてクラリとアルコールが頭を一巡して、正実は壁に凭れかかった。
大介はそれをズリ落ちないように、自分の方へと凭れ掛けさせた。
正実の意識は、そこで途切れた。
無意識の中、大介の体臭が自分を包むような錯覚に酔いしれていた。
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