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第二章・恋の発芽は時期外れ 4ー②
昼からの授業に、正実はいつも通り受講したつもりだった。
だが、昨日の濃密な夜の余韻が後を引いて、妙に気怠い。
昼からの地理の授業では、いつも通り隣に倉田が座っていた。
「昨日は、誘ってくれてありがとう」
「楽しんでくれた?」
「凄く楽しかった。ライブなんて行ったの、初めてだったし」
音楽を知らない人間を連れて行くのは、外した時は苦痛にしかならないので、かなりの賭けだ。
楽しめたというのは、ラッキーだったと言っても良い。
正実は、それだけでもホッとした。
「正実、午前中は大学に来てなかったな」
「う、うん。昨日は打ち上げに参加して、飲み過ぎちゃって……」
「お前、あんまり飲み慣れないのに、大丈夫だったか?」
「兄ちゃんがいるんだぞ?全然大丈夫だったよ」
実際のところ兄ちゃんはいなかったけど、と心の中で言った。
「俺、ちょっと思ったんだけど」
「何?」
「正実が好きだった人って、あのベースの人か?」
「な、何でそう思うんだ?」
「お前が見た事もないような目で、あのベースの人を見てたし、向こうも正実ばっかり見てた。だから、もしかしたら、両想いだったのかな?……って思って」
倉田は優秀な男だ。
嘘も付かないし何事も直球なので、それは良い所でもあるが恐しい部分でもある。
これから先、倉田に隠しきれる自信がない。
正実も決して器用な方ではなかったので、すぐにバレるような嘘はつきたくはなかった。
「……うん。実は、昨日、両想いだった事が分かった。……だからその、そういう訳だ」
「そっか……」
倉田は言葉を詰まらせた。
以前に告白されていたので、倉田の気持ちは分かってはいたが、たとえ昨日の事がなかったとしても、胸が痛い。
「……なんか、ゴメン」
正実は、思わず謝ってしまった。
「謝る必要はない。……昨日、何となくそうなるかな、とは思ったけど、何て声を掛けて良いか分からなかったし、声掛けても結果は変わらなかったと思う」
「そうだな」
「……正直だな。まぁ、そこがお前らしい所でもあるけど。でも、俺、諦めた訳じゃないから」
「……倉田……」
「想うのは自由だろ?別に迷惑掛けるつもりないし」
もしも大介と出会っていなければ、この潔く、そして一途な男に揺らいでいたかも知れない。
だがそれはあくまでも仮定の話であって、大介のいない人生は考えられない。
だから、倉田に応えるつもりはない。
そう分かっていても、それを告げる事は出来なかった。
それは倉田の気持ちまで、全否定してしまうような気がして。
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