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序章・さくらんぼの恋 ③
「あの、えっと……ありがとう……」
「お前……頬っぺた、真っ赤だぞ?やっぱり、こたつで寝かせたのはマズかったかな」
そう言われて自分の頬を触ってみると、確かに熱い。
外から見ても明らかに自分が赤面しているのかと思うと、余計に恥ずかしくなり、更に顔が熱くなった。
「お前の頬っぺた見てると、実家を思い出すな」
「え?実家?」
こんな風に大介と話すのは、初めてかも知れない。
正実が意識的に避けているせいで、大介にも近寄り難くさせてしまっているのは分かっていた。
「俺の実家、山形でさくらんぼ農家やってんだよ。いっつも手伝わされててさ」
「さくらんぼ?さとうにしき?!高級品だな!俺、さくらんぼ、大好き!」
「正実は、さくらんぼが好きか」
「うん!大好き!」
「そしたら実家で一番良いやつ、毎年、送ってやるよ。さくらんぼで、腹一杯になる位に沢山」
「え?ホント?!ヤッタァ~!超ラッキー!」
流石に小学生は食べ物にすぐ釣られると、後で兄に笑われた。
釣られるのが何だと言うのだ。
そんな大量の高級さくらんぼが食べれらる事なんて、この家の家計からは有り得ない。
さくらんぼの最盛期は、いつだろうと考えて、正実はニヤニヤしていた。
「正実は匠と似てるな。兄弟だけあって」
「そう?あんまり似てるって言われた事ないんだけど。兄ちゃんは悪だけど頭の出来が良いし、俺は真面目だけど馬鹿だし」
「そういう所じゃない。好きなものに対してだ」
好きなものなんて、兄と被った事がない。
精々、俺の菓子を食いやがったな、と喧嘩になる位はあったが、何せ年が10も離れていると、殆ど喧嘩にもならなかった。
音楽の趣味が近い以外は、匠はバンドマン、正実はスポーツマンと、生活スタイルすら異世界だ。
そう言うと大介は苦笑しながら、正実の頭を撫でてきた。
「匠もさ、大学で俺がベース弾いてるのを聞き付けて、自分のバンドに入れるのに必死でさ。あんまりにも一生懸命だから、仕方ねぇなって入ってやったらえらい喜びようで。まさに正実の『さくらんぼ状態』だったよ」
「まぁ、兄ちゃんも俺も、喜怒哀楽は激しいから」
「特に『喜び』の部分がな。さくらんぼ、楽しみにしとけよ。多分、届いたらビックリするぞ?」
「ひゃぁ~!早く届かないかなぁ~!超!待ち遠し~!」
「おいおい。さくらんぼの時期は4~7月だぞ?今は冬だから、今からそんなカッカ、カッカしてたら、届いた頃には熱が冷めてんじゃねぇの?」
「冷めないよ!俺のさくらんぼ愛は半端ないぞっ!イチゴより上の、みかんより上の、マスカットより上だぞ?」
「何だよ。その順位」
「俺統計、日本の美味しい果物順位!」
「俺統計?!お前だけの統計~!それは統計って言わねぇんじゃね?」
大介は、こたつのテーブル板に顔を伏せて笑い出した。
この人、案外、笑い上戸なんだな。
何となく怖いって避けてたの、悪い事したな。
正実の中で大介の印象はどんどん変わっていく。
いつの間にか、正実は大介の実家の話に食い付いていた。
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