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第二章・恋の発芽は時期外れ 4ー③
匠のライブは、予想以上に好評価を受け、『STARGAZER』のホームページにも、久保田匠のホームページにも書き込みが殺到して、次のライブは「いつなのか」と問い合わせが何件も来る程だった。
それは昨日のライブによって、匠はアニソン歌手として自身を確立し、更に自由を選択するゆとりも出来るのだと言う事を実証した。
「お前のお陰だな、沙里奈」
「貴方が日本人に生まれて苦しんでいるのが分かるのよ。だから何とか少しでも貴方の才能を開花させてあげたくて」
「俺は今、全開で満開だよ。アニメソングを歌うのは楽しいし。俺が好きな漫画に、自分が歌えるって最高だろ?」
「そうなの?」
「お前が俺を導いてくれた道は、間違ってないよ。……それまでの俺は間違いだらけだった」
思うように歌う場がなくて、荒れ放題荒れて、思い出したくもない程に汚れた道も歩んで来た。
沙里奈が声を掛けてくれなければ、どうなっていたか分からない。
「お前には感謝しかないよ。俺を拾ってくれてありがとう」
「私は貴方の一ファンだから。貴方の才能を埋もれさせるのだけは嫌だったのよ」
匠はポケットから小さな箱を取り出した。
それを沙里奈の手に乗せ、包むようにして渡した。
沙里奈がその箱を開ける。
中には、透明に輝く、リングの上に小さな石が光輝いていた。
「結婚式、挙げる事は出来ないけど、指輪は渡したいと思って」
「匠さん……」
「愛してる。これからも、俺の側にいてくれますか?」
沙里奈の眼鏡の下から、ポロポロと水滴が流れ落ちた。
沙里奈は、顔を横に振った。
「貴方はミュージシャンよ。私一人に縛られるのは……」
「お前に縛られたいんだけど。俺がフラフラしないように、これからはガッチリ繋いでおいてくれ」
匠は、沙里奈を引き寄せた。
こんなにひたむきに、見返りを求める事なく、自分に尽くしてくれる人は今までにいなかった。
燃えるような想いだけが恋ではない。
気持ちを積み重ねていくような恋もあると、この年になって初めて知った。
これからはこの積み重ねが溢れて、やがては今までの恋を忘れるだろう。
「多分、次に作る曲は、お前に捧げるラブソングになるよ」と匠が言うと、沙里奈の涙は更に止まらなくなってしまった。
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