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第二章・恋の発芽は時期外れ 5ー①
大介の仕事は不定期で、春から夏にかけてのさくらんぼの出荷時期以外は、東京にいる方が多い位だった。
自家での担当は、新種に関する事と、宣伝、アピールなどで、主に育成や畑の管理は妹夫婦に任せている。
特に、さくらんぼの新種のアピールや、日本の作物の国外などへの輸出に関しては、地元の青年団のリーダーとして先頭立って率いていた。
それは大介が農業に対する膨大な知識があり、統率力もあって、英語が堪能だったからだ。
正実は、せっかく想いが通じ合ったにも関わらず、大介が繁忙期に突入してしまい、2人が語り合えるのは寝る前の電話だけになってしまった。
正実に会いたい、会いたいと、毎日のように電話してきては、愛の言葉を囁く。
その甘やかな夜のひとときは、むず痒いほどで。
大介の愛の囁きは正実を酩酊させ、脳神経を痺れさせる。
大介は、海外の農業団体が来日しているので、その接待と日本のPR部長にも任命されて、毎日をあちこち飛び回っていた。
東京では1DKのマンションを借りてはいるが、そこに正実は呼ばないと宣言されてしまった。
この日はいつものように甘いピロートークにならず、正実は無言になった。
『変な誤解すんなよ。女がいるとかじゃねぇぞ?』
「いや……そこまでは思ってなかったけど、農協の借りてる場所だからかなぁと」
『ここは、うちが持ってる部屋だぞ?』
「え?あっそうなの?さくらんぼって儲かるんだな~」
『その儲かる農家の跡取り息子は、絶賛花嫁募集中なんだけど。……この電話先にだけ』
「……馬鹿……」
『愛してっぞ?正実』
「え?……あ、うん」
『お前は?』
「は?!あ……いや……」
『いやじゃねぇだろ』
「……うん。……好き、大好きだよ」
『よしっ!』
パワー充填されたわ、と言って大介は電話を切った。
正実も、ずっとこんな幸せが続くと信じていた。
ほんの数時間先までは。
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