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第三章・愛しのCherry 1ー①
正実の財布の隅に入っている、最後に食べたさくらんぼの種。
それを見て「大事にしてくれてたのか」と言いながら、正実の額にキスをしてきた大介。
「これ、植えたら木になるかな?」と聞くと、「無理だな」と言われてしまった。
その種を欲しいと大介に言われたので渡してやると、今度は大介が自分の財布にそれを入れた。
10年後には返してやる。
そうやって行き来するという事は、この愛は永遠に続くものだと信じていた。
信じたい。
疑いたくはない。
今日、このまま帰れば、また夜には大介から電話がかかってくる。
だが、その前にどうしても直接話がしたくて、匠から聞いて大介のマンションに訪れた。
そこは独身者の為のワンルームマンションで、建築家が意匠を凝らしただろう、洒落た風情があった。
正実は実際にマンションを目の前にすると、どうしても中に入る勇気がなくて、何時間も外で立ち尽くしてしまう。
「ここには呼ばない」と言った大介の言葉を、思い出してしまったからだ。
辺りはすっかり日も暮れて、やっぱり帰ろうかと思った時、1台のタクシーがマンション前に止まった。
車中から大介が出てきたので、正実は咄嗟に声を掛けようとしたが、踏み止まった。
その後に、髪の毛を引きつめた、ポニーテールの女性が出て来たからだ。
彼女は笑いながら大介の袖を握って、そのままマンションの中に消えて行った。
正実の頭が割れるように傷んだ。
今までの大介の言葉は、全て嘘だったと言うのか。
正実にマンションへ来るなと言ったのは、これが理由だったのか。
ずっと、正実を探し続けていた。
ずっと、正実を愛していた。
あの言葉が、偽りだったなんて考えられない。
だが、現実はどうだ。
この目に見える現実は、夢幻か虚像とでも言うのか。
少なくとも志保理がマンションに入って行ったのは、間違いなく現実だった。
家に帰ると、いつもより2時間遅れの日付が変わる直前に、電話が掛かった。
正実は、その電話を取る力もなくなっていた。
何度か掛け直してはきたが、やがて諦めたのかコール音が止まった。
その携帯を見つめている正実の瞳には、涙が浮かんでいた。
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