第三章・愛しのCherry 1ー③

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第三章・愛しのCherry 1ー③

大介は高校生の時、一番下の妹の幼稚園の送り迎えをしていた。 その時に、翼という人見知りの子供に出会って、園庭で一緒に遊んでいる内に仲良くなり、その母親の志保理に出会って、すぐに恋に落ちた。 大介は、まだ高校生で若かったのもあって、初めての恋に浮かれていた。 何よりも翼が懐いてくれるのが嬉しくて、この子の父親にならなっても良いとさえ思っていた。 「ガキが必死に真剣なんだって家の両親も説得して、本人も紹介したし、籍を入れるのは俺が大学を卒業してからにして、結婚式を挙げるって話まで進んだのに、突然、彼女が断ってきたんだ。『本当はシングルマザーじゃなくて、まだ夫がいて、一緒に暮らしています』って」 「それ、結婚詐欺じゃないかよ……」 「まぁ、彼女は夫の暴力から逃げたくて必死だったんだけど。その後は、親父とお袋も激怒するし、俺も旦那から逃げたいから利用されたんだと思って腹は立つしで、家の中も何もかも、めちゃめちゃになったよ」 それでも、翼の純真な瞳だけは変わる事がなく。 自分を殴る実の父親よりも、大介を求めて「パパ、パパ」と呼び続けた。 大介も子供には罪がないのは分かっていたので、それを止められなかった。 「志保理は、離婚の事は親に言えないから、離婚費用を俺に出してくれって言って来やがったんだよ。アイツ、どの面下げて言うんだか」 「でも、志保理さんの写真、待ち受けに入れてたじゃん」 「あ?あれか?あれは、待ち受け画面の変え方も分かんねぇし、加工するやり方も分からなかったからだよ。翼の写真があれしかなかったし、写真まで削除するのには躊躇いがあったから」 そういえば、大介は昔からスマートフォンの扱いに苦労をしていて、アドレス交換も、小学生の正実がしてやった程だった。 「あの後、ずっと絶縁状態だったんだけど、志保理も離婚が成立して、実家に帰ったら今度は志保理の親父から連絡が来て……」 志保理の父親は、いわゆる農協でのトップの存在だった。 大学を卒業して、山形の若い青年農家達を盛り上げようとしている大介の存在は、すぐに耳に入った。 「そんで志保理がこの人と結婚したいって、我が儘を父親に言ったらしくて、強引に話を勧めて来たんだよ」 「それって、権力行使だろ!」 「まぁ、昔から志保理は欲しい物は絶対に手に入れるタイプで、前の旦那も自分から押しきったらしい。……でも結局、別れてっけど」 大介は、車を路肩に止めて正実を真っ直ぐに見た。 正実も、窓から目線を大介に移して、その瞳を受け止めた。 「そんで大介さんは、どうすんの?彼女を受け入れないといけない立場な訳?」 「そんな訳ねぇだろ!アイツとヨリ戻す位なら、実家の仕事から離れて独立してやる。俺は何度もちゃんと断ってるのに、あいつが聞き入れないんだよ」 「でも、東京では一緒に住んでるんだろ。それなのに断ってるって言っても、通じないんじゃないの?」 「一緒に住んでなんかない。あのマンションは、ほとんど仕事部屋みたいなモンだし、アイツも農協の仕事をしてるから、資料を渡しに来ただけだ。あの後、実家に帰る前にどこから聞き付けたのか、匠の事務所に行ったとか抜かしやがるから、お前に電話したら繋がらないし……」 今までの話からしても、志保理は大介を諦めきれてはいないだろう。 父親の権力を使ってでも、未だに大介と結婚したいと思っている位だ。 翼に「パパ」と呼ばせたままにしているのも、彼女の強かさが窺えた。 正実は、悪寒のような寒気に体を震わせた。 怖い。 「……怖いよ、大介さん」 「正実……」 「彼女、何としても大介さんを手に入れるつもりだと思う。……大介さんが、引き摺られるような気がして怖い」 「俺は引き摺られねぇよ。もう、引き摺られてる奴がいるもんよ」 「へ?」 「お前には引き摺られっぱなしだよ。他には全く目を向けられない程にな。俺の事、信じろよ。お前が見た以降のスマホは、待ち受け画面はお前だぞ?小学生の頃の」 「それ、単なるショタコンじゃないよな……」 「失礼な事を言うな!小学生でムラムラしたのはお前だけだぞ!」 「エラソーに言うな!恥ずかしいっ!」 確かに、正実は愛されている実感はあった。 それだけ酷い思い出でしかない志保理と、ヨリを戻すのも考え難い。 だが、子供好きの大介が、すがり付いてくる翼まで見切れるだろうか。 一抹の不安が、正実の胸に過っていた。
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