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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 1ー②
大学祭は、師走に入ってすぐの頃に開催された。
何で秋じゃないんだと、学生達は疑問に思いつつ、寒い中、震えながらそれなりに楽しんでいた。
匠達『メタル研究会』は、ステージに立つ時は『STARGAZER』というバンド名になって演奏する。
『STARGAZER』は、インディーズの中では知る人ぞ知るバンドで、その曲が海外のバンドのように聴こえると、洋楽ファンも納得の実力だった。
名の通ったレコード会社のオファーもない事はなかったが、そのどれにも匠が首を縦に振らなかった。
どのオファーも『匠をアイドル化させて前面に出し、歌詞を英語から日本語に変える』というものだったからだ。
匠は私生活こそチャラチャラしていたが、音楽には徹底的な拘りがあって『必ずバンド構成である事』と『歌詞は絶対に英語である事』を譲らなかった。
本分が学生であった為に、数ヵ月に一度しかないライブハウスでの演奏や、対バンでのライブには、コアなファンが押し寄せていた。
この大学祭にも聞き付けたファンが多いのか、講堂は学生以外の人間も多くいた。
実力ファンである男性と、匠の容姿のファンである女性とでは、半々といったところだ。
大学祭に呼ばれていた正実は、予想以上の人の多さに度肝を抜かれていた。
父母に連れてこられたものの、流石に小学生は自分以外にはいない。
ライブ開始までまだ2時間もあるというのに、もう座席は埋まっていた。
余興のように芸をしている人間が舞台に立っているが、誰もそちらに目を向けていないので、目的は匠のバンドであるのは明らかだった。
辺りを見回すと、さっきまで側にいた父母の姿がない。
正実はあまりの人の多さに、一人はぐれてしまっていた。
「え?……ちょっ……どうしよ~!ま、迷子になっちゃったのか?俺!アナウンスされちゃうのか?俺!」
『久保田正実君(10歳)のお父さん、お母さん。迷子控え室までお越し下さい』とか、そんなようなアナウンスが流されるのかと思うと、ゾッとした。
迷子になったのがバレたら、あの嫌味な兄に馬鹿にされるに違いない。
そして、その呼び出しのアナウンスは、確実に兄の耳にも入る。
正実は自力で両親を探すしかなかった。
「ちょっと待てよ?兄ちゃんがここでライブするなら、ここで待ってた方が良いのか?いや、さっきまで父ちゃんと母ちゃんもいたし、どっか近くに……」
動いた方が良いのか、動かない方が良いのかとオロオロしていると、頭の上から声が落ちてきた。
「何だ、お前。迷子になってんのか?」
正実が振り向くと、えらく派手な男が立っていた。
全身、黒づくめだがレザー素材が異様な存在感を放っている。
それも、ズボンはスラリとした長身にピッタリとフィットしていて、上のライダースジャケットと合わせると、日本人には見えない。
襟足の長い黒髪は肩にかかる程で、男の長髪は自分の兄の匠以外、日本人がやったら絶対に似合わないと思っていた正実だったが、それを前言撤回したくなる男前だった。
その彫りの深さや、高い鼻梁は西洋人にしか見えないが、さっき喋った言葉は完璧な発音の日本語だった。
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