第一章・花が咲かなきゃ実もならない 2ー①

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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 2ー①

大介は、流石に姉妹が多いだけあってよく気が回り、正実が欲しいと言う前に何かを買ってくれた。 クレープを買ってくれた時は、口が汚れたら自然な仕草でそれを拭ってくれ、手慣れていると思う反面、子供扱いされているのだと認識する。 それでも、甘やかされるのは気分が良かった。 本当の兄である匠などは、気分の良い時は相手をしてくれるが、そうでない時は放置なので、こんなに甲斐甲斐しく世話を焼いてはくれない。 「大介さんの妹は、幸せだな」 「匠は、そんなに何もしてくれないか」 「してくれる訳ないよ。朝だって起こすのは俺だし、親がいない時にご飯を作るのは俺だし、兄ちゃんは音楽と女に全ての才能を使い果たしてんだ」 「ま、そんな感じだわな」 「大介さんみたいに、こんな完璧な兄ちゃんじゃないよ」 「まぁ、俺の場合は出来ないと下からの突き上げがハンパないから。女が結託すると、鬼のように恐ろしいからな」 「妹、幾つ?」 「上から16、13、11、8歳かな?1番下の8歳の妹が最強に強い」 「うわ~!スゲーな~!」 「オムツ替えから、幼稚園の送迎から、運動会や、授業参観まで全部やらされたぞ?」 でも、こんなに何でも出来る美形ならば、自慢の兄の筈だ。 だからこそ、外で見せびらかす為にこき使われたのは想像出来る。 「大介さんなら、若いお母さんが寄って来そうだな」 「そうなんだよな。それで一度痛い目に……いやいや、これは子供には言えないな。とにかくまぁ、それで困った事になって以来、自分の顔が嫌になってヒゲを伸ばし始めたんだけどな」 あれはただの不精なのではなく、美しい顔を隠す為だったのかと思うと、なかなかに辛い話だ。 今回は、ライブの為に剃らされたのだろうが、大介としては嬉しくなかったのかも知れない。 「そしたら、剃っちまったらマズイんじゃないの?剃っていーの?」 「正実はどう思った?俺の顔」 その問いには少し悩む。 だが、正実は嘘がつける程に器用な子供ではなかった。 「ヒゲなしの大介さんは、めちゃめちゃ格好良いよ。有名人みたい。……でも、いつものヒゲ、……好きなんだよな、俺」 大介は目を見開いた。 朝から、もう髭を生やすなと皆に言われていたが、正実には初めて髭を誉められた。 正実も髭が痛いだの何だのといつも文句を言っていたから、てっきり嫌いなのだとばかり思っていたので意外だった。 「そっか。ヒゲが良いか。……そしたら、いつかまた、正実の為にヒゲ伸ばすよ」 「え?……ホント?」 正実がパアッと花が咲いたような笑顔を向けると、大介はその肩を引き寄せて来た。 抱き寄せられると、まるで包み込まれるように、その懐に収まってしまう。 大介は、腹の辺りまでしかない正実の小さな体を、掬うように持ち上げ、抱き上げた。 「うわぁ!だ、大介さん?!」 「軽いなぁ、正実。これなら、末っ子の麻衣とあんまり変わらない」 「はっ、恥ずかしいよっ!み、みんな見てるしっ……」 「俺は恥ずかしくない」 「……そうでした。大介さんは全く羞恥心ない人でした」 正実はガックリと項垂れ、諦めて大介の首に抱き付いた。
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