第一章・花が咲かなきゃ実もならない 2ー②

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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 2ー②

抱き上げられたまま、連れて来られた場所は、ラボのような部屋だった。 そこには、大学祭の最中でも休めずに、研究に残っている者もいた。 「大介さん、ここ……」 「俺の研究室。ここは、品種改良とか、……えっと、例えば米と米を結婚させて、より旨い米を作ったりするんだ」 「……それ、実家のさくらんぼに役立てるつもり?」 「まぁ、そうだな」 「大介さん。お家、大切にしてて偉いな。兄ちゃんとはえらい違いだ」 「あいつは英文科だから」 「それだって音楽の為だよ。英語の曲を歌う為だろ?兄ちゃん、最近、父ちゃんとケンカばっかりしてんもん」 「おじさんとモメてんのか?……おじさん、優しそうなのに」 「それは、大介さんが父ちゃんに気に入られてるからだよ。……兄ちゃん。もう、家出ちゃうかも知んない」 しょんぼりし始めた正実を、大介はギュッと抱き締めた。 正実の中の匠は、とんでもなく傍若無人な男でも、憧れの兄だった。 親との不和は、何よりも辛かった。 「あら、次元。可愛い子ね?!誰?」 一人の女子生徒が大介達に気が付くと、わらわらと他の生徒も近寄って来た。 「ホント、可愛い~!そうやって次元が抱いてると、お人形さんみたいね」 大介は大学で、『ルパン三世』に出て来る次元大介に似てる事から、『次元』と呼ばれているのは本当だった。 「可愛いだろ?これ、俺の弟」 「何いってんだよ!お前、妹ばっかだって、言ってたじゃねーかよ」 「バレたか」 大介は、クラスの中にも溶け込んでいた。 本当に兄とは両極端だと思った。 兄に大学の事を聞くと、「友達はいない。女はいる」と言っていた。 そうこうしている間に、話題はやはり大介の前髪とヒゲの話になった。 「お前、そんなにイケメンだったんだな。知らなかった。逆に目が小さくて悩んでるのかと思った」 「ま、目は小さくはねぇな。どちらかってーと、どのパーツもデカいしな」 もうこれからは剃れよと言われると、「前髪は切るが、ヒゲはそのうちまた伸ばす」と言っていた。 大介は、先程言っていた事を本当に実行するつもりなのだと思った。 それも、正実の為に。 途端に正実は、妙に誇らしげな気持ちになった。 これだけの周りも羨む男が、自分が言った他愛もない願いを聞いてくれる。 まるでそれは、「お前は特別なんだ」と言われたような気がして心が踊った。 だが、それも束の間の事で。 「大介」 しっとりと語りかけてくるような女の甘い声に、正実は無意識にギュッと身を縮めた。 「もう、開演前になるんじゃない?そろそろ行かないと」 髪の長い女が近付いて来て、大介の腕を掴んだ。 それは早く急かすというよりかは、正実を下ろせと言っているようにも見えた。 「私も行くけど、大介も行くでしょう?」 「ああ、そうだな」 大介は、そのまま正実を下ろすことなく、講堂へと向かった。 その競歩のような早い歩みに、正実は思わずしがみ付いた。 「だ、大介さん!落ちるよ!もう、下ろしてっ」 「お前を歩かせると逆に遅くなるから、ゴメンな」 ヒールのパンプスを気にしながら必死に後ろから追いかけてくる女を見ると、それは憤怒に戦慄く鬼のような形相だった。 正実と視線が合うと、更に眉が吊り上がるのを見て分かってしまった。 この人は、大介が好きなのだ、と。 「なぁ、大介さん。あの女の人、付いてくるのが大変そうだから、ゆっくり行ってあげたら?」 「久美か?……まぁ、はぐれても場所は分かってっから」 「久美さん?……て、大介さんの彼女じゃあないの?」 「……彼女、ねぇ?……そうなるのかなぁ?実感ねぇんだけどな」 早く下りたいと。正実は思った。 大介が自分のものであったら良いのに、と思わず口を突いて出そうになり、その気持ちが、『独占欲』という感情であるのを、幼い正実はまだ理解出来なかった。
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