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第一章・花が咲かなきゃ実もならない 2ー③
ライブの為に集まった人は、立ち見も入れて、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。
大介は両親に正実を返すと、急いで舞台裏に引っ込む。
久美もまた、その後を追って一緒に裏へ入っていった。
去り際にも、久美に抉るように睨む視線を向けられる。
正実はそれを忘れようとして、両親にさっきまで大介と構内を廻っていた時の事を捲し立てるようにして話した。
舞台からは、前奏が鳴り始めていた。
聞き覚えのある有名なクラシックの音楽が流れ、曲も半ばに匠達が登場した。
その曲の数々は、家でも耳にしている筈なのに、こんな大きなホールで聴くとまるで違う曲のようにも思える。
観客の女のほとんどが匠のファンだと思われたが、今日からベースのファンも増えるかも知れない。
人々が「あれ、誰?」と言っていたので、それは大介の事だろうとは思った。
正実が髭の大介が好きだと言ったのは、独り占めしたかったからだ。
手入れをせずボサボサだった頃の大介には、人を寄せ付けない程の威圧感があった。
現に、正実も近寄れなかった。
大介の顔全部が露になると、その人の良さが全面に出てしまうので、本人が望まなくとも、あの美貌に人が群がっては来るだろう。
全部で6曲程度を演奏して、匠達が惜しまれつつも舞台袖へと引き上げて行った。
両親と裏へ回ると、そこからちょうど大介と久美が出て来たところだった。
二人が抱き合っている。
抱き合っているというよりは、大介の手は下に降りたままだったので、久美が抱き付いているといった状態だった。
「あれ?大介君かな?」
「本当だ。彼女かな?ラブラブね」
両親が大介の存在に気が付いたので、正実は慌てて声をかけた。
「父ちゃん、母ちゃん。あのさ、邪魔しちゃ悪いから、今度にしよ?いつでも、また会えるだろ?」
父母は納得して、そのまま大学を後にした。
正実の心中は、何やらもやもやしていた。
ヒゲのない大介は、みんなのものだ。
だからヒゲのある大介は、自分のものだと勝手に思っていた。
だが、彼女はそのヒゲのある大介も『自分のもの』だと言うだろう。
胸が苦しい。
その苦しさが何なのか、まだ幼い正実には解らなかった。
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