裁判所

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裁判所

 着いたのは魔法族の裁判所のようなところだ。ジェミニは入った事はない。 「裁判されるんですか」  ジェミニは少し驚いて尋ねた。 「いや、急だったものでこんな話をする場所があまり無くてね。あと、話を聞く魔女も多いからね」  連れてきた魔女は言い訳するように答えた。  ジェミニは裁判所の中に案内されて入った。 「ジェミニだね。こっちに来てください」  裁判所の中に入ると、数人の魔女たちがすでに座って待っていた。  裁判所の真ん中には大きなモニターかある。 「さっそく話に入りたいのだがいいかな」  一番長老の魔女がジェミニに優しく話しかけた。ジェミニは頷く。  長老魔女はジェミニに椅子に座るよう促すと、静かに話し始めた。 「ツインが、自殺した。その事は聞いているか」 「はい。さっき聞きました」 「どう思った」 「辛くて何も考えたくありません」 「うそよ!!」  突然声が上がる。声の方に目をやると、数人の魔女たちの中に、ツインの母親がいた。 「アイツはツインが自殺するように仕向けたのよ!」 「静かにしなさい!」  長老は大きな声でツインの母親を叱りつけた。 「続けますよ。ジェミニ、お前はツインと仲が良かったね」 「はい。皆が言ってました。お前はツインに甘すぎるって」 「それは私も知っているよ。お前はツインに悪さするような子ではないと」  長老魔女は優しい声で話しかける。しかしその声は、なんとなくねっとりとして気持ち悪く感じた。 「ところで、お前が消されると決まった日、私はお前に監視魔法の付いた虫を渡したね」 「はい」 「お前は自分が消されるからと言って自暴自棄になったり逃げたりするような子じゃない。けど一応、ということで渡した」 「ええ、何かしたり逃げたりしたらツインを殺すと脅されてましたからね」  ジェミニは無表情で答える。ジェミニの答えに、少し他の魔女たちがザワついた。やはり、ツインを人質にしていた事は長老魔女や偉い魔女一部の魔女たちの独断で秘密だったのだろう。 「あれ?言っちゃだめでしたか」  ジェミニはケロッとした顔で言うと、長老魔女は少し怖い顔をした。しかし、すぐに表情を戻すとまた優しい声で言った。 「その件は悪かった。拘束したり幽閉するのは忍びなくてね」  人道的配慮だといわんばかりだが、実際はツインを人質にするのが一番効果的だと知っていたのだろう。 「まあ、ただ何もしないのもこちらとしてもね、お前は魔法も使えるわけだし。家から外に出るときだけは監視魔法の虫をつけさせてもらった」 「はい」  ジェミニは頷く。実際今も監視の虫が体の周りを回っているのを知っている。 「で、実際何もしてませんよね」 「ああ。『家の外では』ね」  長老魔女が目を光らせる。  裁判所の真ん中にある大きなモニターを長老魔女は指差した。  魔女達が魔法でモニターを起動させる準備をしだした。 「ジェミニ、これから昨晩お前とツインが一緒にいたときの映像が流れます」 「……監視魔法虫は家の中までは……」 「ええ、家の中では監視しないはずでした。しかし、こっそり監視していた者がいたのです。あなたに監視魔法をつけていたわけではありません。ツインに監視魔法をつけていたのです」 「……ツインの母親ですね」  ジェミニは苦々しく言った。  監視魔法は一応禁忌事項で、かけるには許可がいる。しかしどうしてもこっそり盗撮する者が少なくない。  普段のツインの母親の様子を見れば、昨晩ツインに監視魔法虫をつけることは想像に難くない。  その時、黙っていたツインの母親がまた少し焦ったように叫びだした。 「ちょっ、長老!待ってください。私さっき、あれは長老にだけ見せるので誰にも見せないとお約束したはずでは……」 「しかし、実際皆に見せた方が判断しやすいだろう」 「長老が口頭で説明していただけるはずでは……」 「あんなこと、私に説明は出来ないよ」 「でも、まさかこんな大勢の前で。せめて2、3人とか……」 「いい加減にしなさい!長老の判断にケチをつけるのですか!」  ツインの母親は、偉い魔女の一人に叱られ、おずおずと小さくなった。それでもまだ少し、でも……とかイヤ……と小さく抵抗していた。 「少し中断しましたね。それでは始め……」 「待ってください」  ジェミニは長老の言葉を遮った。 「認めます。確かに、僕は昨夜ツインに酷いことをしました。彼は死にたいとも言っていました」  ジェミニは早口でまくし立てた。長老は、ほう、と呟くと、モニターに魔法をかけようとしていた手を下ろした。周りの魔女たちもザワザワしだす。 「酷いことを、とは?」  一人の魔女がふと尋ねた。その言葉を合図に、長老魔女はまた手を上げた。 「やっぱり見てもらった方が良いね」 「そんな!」  ツインの母親が叫ぶ。ジェミニも慌ててまた早口で言う。 「わざわざ見せる必要なんて無いはずです!長老はご存知なんでしょう?皆に見せる必要無い!」 「それはお前が決めることでは無い。お前の行った所業によって、お前がこれからどうなるか決めるのだから、皆が知っていなければならないだろう」  長老魔女は少し口角を上げて、ジェミニを諭すように優しい口調で語りかける。  なんて醜悪な顔だ、とジェミニは思った。周りの魔女たちもまた、醜悪な野次馬にみえてくる。  長老魔女は手を振り上げてモニターを動かす。  画面には昨夜、ジェミニとツインが一緒にいた映像が映し出された。  声はあまり鮮明には聞こえない。しかし映像はハッキリ写っている。ツインの母親の監視魔法の正確さに、こんな時なのにジェミニは少し感心してしまった。  映像が進み、とうとうジェミニがツインを拘束して馬乗りになったところが映し出された。  ツインの母親は顔を覆っている。  その時だった。  キャー!!と悲鳴が上がる。  モニターが巨大な炎をあげて燃えだしたのだ。  モニターを燃やしているのはジェミニだ。両手を掲げ、強い目で炎を見つめる。 「誰にも見せない。僕だけのものだ」  炎はモニターだけではなく、部屋のいたる所からも飛び出してくる。 「なんと!これ程までに強い魔法が使えたなんて……」  怯えた声を上げる長老魔女にジェミニは冷たく、そして聞こえないように呟く。 「ずっと、僕はツインの為にしか魔法を使ってこなかったからね。お前らなんかに本当の力を見せていたものか」 「逃げなきゃ!早く!」 「誰か!水の魔法が得意な人いないわけ!」 「逃げてないで!早く!風が水おこして!」  魔女達はパニックになっている。  ジェミニはパニックのスキに、その場を立ち去ろうと急いで後ろを振り返って駆け出した。  その時、ぐっと誰かに足を掴まれる感覚があって転んでしまった。拘束魔法だ。 「逃さないわ」  ふと顔を上げると、ツインの母親が立っていた。 「モニター燃やしたのは感謝してる」  誰にも、ジェミニにも聞こえない、小さな声だった。ツインの母親は一言そうお礼を言うと、今度は恐ろしい顔をして皆が振り向くくらいの大声で叫んだ。 「殺してやるわ!ツインが自殺したのと、同じ毒でね!」  手には黒い液体の入った、細長い小瓶が握られていた。 「分かってる」  ジェミニはそう答えると、ツインの母親から小瓶をひったくった。そして少し小さく息をしてから、「さようなら」と叫ぶと小瓶の中身を一気に飲み干した。  小さくジェミニの身体が震えて、大きな嗚咽を何度かしてからパタリと倒れ、そのまま動かなくなった。 「全て、アンタの望み通りになったのね」  ツインの母親は死んだような目で力なく、ジェミニにそう呟いた。  まもなく部屋中の炎はすべて消された。  その部屋の真ん中には、ジェミニの死体と、それを見下すツインの母親だけがあった。
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