もしも俺が死んだら

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もしも俺が死んだら

 それから数日が経った。 「ツイン、また最近プエルの家来てないじゃん」  ジェミニはツインの家に迎えに来るやいなや口を尖らせた。 「だって、あの部屋行きたくないし。ちゃんと本は貰ってきてちゃんと自主学習してるよ」 「あの絵しか描いてない本でしょ。全然不十分だよ」  ジェミニは文句を言いながらも勝手にツインの家に入る。 「今日おばさんいないんだよね」 「ああ。ババァがいたらまたうるせぇから  な」  ツインの母親は今日集落の外に出かけていて遅くに帰ってくるはずだ。 「どこかでババァにあっても絶対近づくなよ。変な薬とかかけられるぞ。最近マジでやばい」 「おばさん薬学得意だよね。僕魔法使えても魔法薬は全然できないんだよね。あれ相当頭良くないと出来ないらしいよ」 「お前を殺す薬もこっそり開発してんだぞ。そんなババァ褒めてどうすんだよ」 「そんなババァの子供のツインもきっと頭が良いんじゃないかなーってこと。ちゃんとプエルの家に来て勉強すればいいよ」  勝手なことを言いながらツインの部屋に勝手に入る。 「相変わらずすごい部屋」  ジェミニは部屋を見渡す。  ツインの部屋には昆虫標本や生きた虫の飼育ボックスら大量にあった。 「で、今日呼び出した用事って何?」 「三日後の俺達の誕生日の事だ」  ツインはジェミニを椅子に座らせて話を切り出す。 「三日後、どちらかは消される。それは確実だ」 「…そうだね」 「俺は自分が消されると思っている」  ツインは苦しそうに言った。 「魔女たちの中でも有力者達が、ジェミニを神格化してるのを何度も聞いたことがある。多分ジェミニは消されない。だから俺が消される」  俯きながらツインは言う。 「だから、もし俺が死んだら、この虫たちの処分をお願いしたいんだ。生きている子達は放して、標本は燃やして……」 「嫌だよ」  ジェミニはツインの言葉を遮る。  めったにツインの言葉を強く否定しないジェミニの強い言葉に、ツインは少し驚いた。 「自分が消される?ホントにそう確信してるなら今、自分の手で処分しなよ」  冷たくジェミニは言い放つ。 「分かってるよね?ツインが消される可能性と同じくらい僕が消される可能性があること。有力者達は僕を支持しているけど、身体の丈夫なツインを支持している魔女たちの方が圧倒的に多いんだ!それを知ってて、そんな事言って!僕に何を言ってほしいの?!」  声を荒げるジェミニに、ツインは焦ってしまった。 「わ、悪い。……悪い…。ジェミニも怖いのに…」  ツインはジェミニの顔を恐る恐る見る。  少し深呼吸をして落ち着いたジェミニは、小さい声で「ゴメン」と言った。 「違う、違うんだ。僕は、僕は本当は」  ツインは、ジェミニがその先を言うのを待った。しかしジェミニは何も言わない。 「本当は何だよ」  しびれを切らしてツインはたずねる。  言いづらそうに、しかし声を振り絞って続きを言う。 「死のうと思っているんだ。ツインが消されたら」 「は?」 「僕達は二人で一人だ。ずっとそう思って生きてきたんだ。ツインが死んだ世界で、たった一人、魔法族の種馬として一生を終えるなんて、ただの地獄じゃないか」 「ロミオ達がいるだろ」 「ロミオ達と僕達は違うよ。ロミオ達は少なくとも大切に愛されて育てられてきた。例え繁殖目的だとしても。でも僕達は、ずっとずっとこの虫たちみたいに観察されて監視されて、死が身近にあって。ほんとうの理解者はツインだけだと思っていたよ」 「それは…」  否定は出来なかった。 「でも、俺が消されてジェミニが死んだら」 「それでも、リヤもいるし、ロミオもまだ現役だし、もうすぐオセロだって18になる。別に僕らなんていなくても魔法族は大丈夫だ」 「でも、そんな」  ツインが動揺をしているのを見ると、はぁーとジェミニはおおきなため息をついた。 「ツインにこんな顔させるから言いたくなかったんだ。忘れてよ」 「忘れられるかよ」 「わすれるの!」  ジェミニはツインの頬を両手で挟むように掴んだ。 「あと数日だよ。いつもどおりにしてよ」  ジェミニの剣幕に、ツインはわかった、と答えるしかなかった。 「で、どうする?この部屋の虫たち」 「自分で処分する」  さすがにこの流れではそう言うしかあるまい。 「そう。じゃあ手伝いならするよ」  ジェミニは部屋の中で何かを念じる。  すると部屋の中の飼育ボックスの蓋がすべて開いて、一斉に虫たちが飛び立つ。  更に、昆虫標本の虫たちも、生き返って飛び立って行ったのだ。 「え、ジェミニって死んでる虫も生き返らせる事できんのか」 「まさか。死んだらもう終わりだよ。この昆虫標本作ってたとき、僕も一緒だったじゃない。それで、標本作る為に殺す時、死なすんじゃなくて仮死状態にしてたんだよ。まあ虫みたいな小さくて構造の単純な生命体だから出来たんだけどね」 「そうか。ずっと生きたまま…そうか…」  ツインは何度も何度も噛みしめるように呟いた。 「何だかスッキリした。思い残すことがないような」 「やめてよ。まるでもうすぐ死ぬ人みたいじゃん」  ジェミニは冗談だから何だかわからない事を言う。  ツインは空になった飼育ボックスを見つめながら考える。  さっきの話のとおりなら、ジェミニは三日後の誕生日を過ぎれば、どちらにしろ生きていないつもりでいる。  じゃあ自分は?とツインは問う。  ジェミニが消されたら、自分はどうするのだろうか。  黙って運命を受け入れて、魔法族の子孫繁栄に一生を捧げるのか。それとも……。  その日、ジェミニはツインの母親が帰ってくるまでツインの部屋で過ごした。  それは久々の、ふたりきりの一日だった。
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