ゼロ円札

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「これで、ゼロ円札についての説明はおしまいです。何か質問はありますか?」  脳みそが入った透明なガラスケースが、一面ずらりと並べられた部屋に二人の男がいた。白衣の男と旅人だ。 「あの……この部屋って国家機密とかじゃないんですか? 部外者の私に見せてしまってもいいものなんですか?」 「ああ! 大丈夫ですよ。ご安心ください。この部屋は誰でも入ることができます」 「そうなのですか?」  驚いた顔をする旅人に、白衣を着た男がつづける。 「この国の国民は、成人式を迎えるとゼロ円札についての説明を受けます。そこで、ゼロ円札を発行するかしないかを選択することができます。国民の混乱を避けるため、どちらを答えても、記憶を消すことになりますが」 「なるほど」 「もちろん、旅人さんがこの部屋を出て行く際にも記憶隠蔽手術を受けてもらうことになります」 「分かりました」 「では、他に質問はありませんか?」  旅人は少し考えて、ガラスケースの中でぷかぷかと浮かぶ一つの脳みそに目をやった。 「この脳みそたちは、一人ひとり生きてるんですよね……? 彼らは今、何をしているんですか?」 「いい質問ですね!」  白衣の男はぱっと顔を輝かせて、待ってましたかというように語りだす。 「この人たちはもちろん生きていますし、脳の電気信号を使って暗号通貨を採掘してるんです! あっ、旅人さんはビットコインって知ってますか?」 「ええ、まぁ……実は、かなりの額持ってました。取引所が経営破綻してすべて失ってしまいましたが」 「グローバルの口座使ってたんですね……それは可愛そうに! あ、そうそう。話を戻しますね! 若者の脳にはビットコインを、老人の脳にはビットコインの二百分の一ほどの価格ですが採掘難易度の低いMonero(モネロ)を採掘させるんですよ! 国土面積が狭く資源も作物も取れない我が国にとっては、債務者はもう金の卵を産むニワトリなわけです!」 「なるほど、よく分かりました」  こほん、と白衣の男は咳払いをして、それから旅人に笑顔で契約書をつきつける。 「それでは旅人さん、この国に移住しますか? ゼロ円札は発行しますか?」
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