ゼロ円札

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 昼過ぎ、寝っ転がってポテトチップスの最後の一袋を食べ終えた。そういえばシャンプーもなくなって、仕方ないから水で薄めて使っているんだった。買い物に出かけよう。狭い玄関でボロボロの靴を履き、家を出た。  ドラッグストアでゼロ円札を使い、シャンプーとポテトチップスを大量に買って家に帰る途中、昨晩の旅人に出会った。 「こんにちわ、昨日はどうも」 「ああ、こんにちわ」  旅人は、白いキノコのような形をした建物の外観を珍しそうに眺めていた。 「珍しい形ですね。これは、何の建物なんですか?」 「ああ、これはガチャだよ」 「ガチャ……?」 「子供ガチャさ、知らないのか?」  旅人は、わけが分からないという顔をした。 「ほら、ちょうどカップルが通りかかったから、見てみな」  腕を絡ませて、いかにもラブラブですという男女の二人組を指さす。彼らは白いキノコのちょうど真ん中あたりに立つと、女のほうが持っていた紙袋からお金を無造作につかみ取り出した。  そして手で整えて、お札投入口へと入れていく。それを何度か繰り返し、約1000枚ほどのお札を入れ終えたころポコロン♪ と音が鳴り、点滅している真ん中のボタンを押した。  すると、キノコが虹色に光りだし軽快な音楽が流れ始める。十数秒後、光と音が止まって、中から赤ん坊が出てきた。カップルの二人は赤ん坊には目もくれず、一緒に出てきた紙を見ると、大声をあげて喜んで抱き合った。 「なんです? あれは」 「SSRが出たみたいだな」 「えすえす……?」 「とにかく、顔がいい、頭がいい、スポーツができる、コミュニケーション能力が高い、みたいな優秀な遺伝子の赤ん坊だったってことさ」 「なるほど」  カップルの男のほうが赤ん坊を抱いて、そして仲良く談笑しながら二人は去っていった。 「いやぁ、しかしすごい技術ですね」  と感心する旅人。自国の科学技術をほめられるのは、悪い気はしない。 「中はいったい、どういう仕組みになってるんでしょうか?」 「さぁ?」 「ええっ……」 「いやぁ、だって旅人さんも電子レンジは使えるけど、電子レンジの仕組みを説明しろって言われたら困るだろう。そういうもんさ」 「なるほど、そういうものなのですね」  そこで少し、彼は俯いてぽつりと漏らした。 「私の国にこれがあれば、母は私を産んだときに命を落とさないで済んだのに……」 「うわぁ!? お前の国は女性に子供を産ませているのか! 家畜かよ! 吃驚だな!」  思わず大きい声が出てしまった。 「……え、ええ」 「この国でそんなことやったらみんなに人権の侵害だって叩かれるし、懲役刑ものだよ! すごい後進国だなぁ……あっすまない!」 おもわず、発展途上国の暮らしぶりをテレビで見て、インターネットもないヤリを持ってウホウホやっているような原住民を見たときのような反応をしてしまった。失礼に取られるかもしれない。 「あ……ははは」  彼は苦笑いをしていた。内心かなり怒っているのかもしれない。 「ああ、いや……悪気はないんだ、すまない。ただ、この国に移住すればとても文明的な暮らしができるし、将来結婚したときに妻を君のお母さんみたいな目にあわせることもなくなるんだ」 「ええ。そうですね、ありがとうございます。検討してみます」  彼は踵を返した。その背中に 「あの! よかったら一杯奢らせてくれないか? さっきのお詫びも兼ねて」
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