ゼロ円札

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 ポールダンスが終わり、客たちが彼女らの胸元にお札をねじ込んでいる。旅人は、一番胸の大きい金髪美女の札束がこれでもかとねじ込まれた谷間に釘付けだった。  旅人の番が回って来て、懐からサラリーマンの日当分くらいのお札をねじ込んだ。そして、ポールダンサーにキスをされて鼻の下を伸ばしていた。  胸元に大量に札束を挟んだポールダンサーがこちらを見た。首を振って、手を軽く振る。彼女は一瞬真顔になって、すぐに笑顔に戻り別の客に愛想を振りまいていた。 「あれぇ~やらないんですか?」  かなり酔っているらしい旅人が聞いてきた。 「ああ、ゼロ円札は現金は引き出せないんだ」 「そうなんですねぇ、働けばいいのに」  中々失礼な奴だなコイツ。部外者の癖に。 「まぁ、なんでも万能じゃないってことさ。一生無職で遊び暮らせるだけでも万々歳だ」 「そうですか……、でもこの国の人たちって、みんな働いていますよね?」  旅人は酒場を見渡す。バーテンダーに、ポールダンサー、酒を運ぶウエイトレス。 「町では、サラリーマンらしき人達が満員電車に押し込まれているのを何度も目にしました」 「ああ、そうだな。この国の大人の七割近くは働いているらしい」  ペールエールを飲み干し、ウエイトレスにおかわりを頼んだ。 「ゼロ円札が施行されることが決まったとき、国民全員が無職になるとみんなが心配した。反対運動も起こったよ。でも、杞憂だった。この国の人たちは思ったよりも勤勉らしい。まぁ、俺は違うがな」  新しいグラスが運ばれてきた。ウエイトレスから、それを受け取った。彼女は忙しそうに酒場中を走り回っている。  とにかく、と俺はつづける。 「みんなは馬鹿さ。だって働かなくても生きていけるのに、毎日毎日やりたくもない仕事をやってるんだからな!」 「でも、そのゼロ円札っていうの……結局は、代金を寿命で支払うことになるんですよね?」 「そうだよ」 「だったら、私も働くことを選択すると思います」 「あっはははは! 馬鹿だなぁ君は!!!」 「何でですか!」  旅人は、少しむっとした顔をした。 「この国の人間の、寿命が何年ぐらいか知ってるか?」 「……さぁ? 六十年くらいでしょうか?」 「いいや、百二十年だ。しかも、百二十年生きられる」 「ええ!? 私の国の倍じゃあないですか!!」 「それだけ老人の延命治療技術が進歩してるってわけだ。まぁ、健康寿命は六十年ほどだがな」 「……なるほど」 「それで、俺の言いたいことは分かるか?」  ニヤッと笑う。 「つまり、ゼロ円札(コイツ)を使って健康でいられる六十歳まで好き勝手生きて、そのあと寿命を支払えば、寝たきりボケ老人の全身スパゲッティーにならなくて済むってことさ! 一生遊び暮らして楽しいパラダイス! バラ色の人生だ!! がははは!!!」
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