結城力也

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結城力也

     結城力也が隣のクラスの女子に恋をしたのは、お昼休みの廊下だった。  ()きっ腹に手をあてがいながら、購買部へ向かっていたら、正面から歩いてきた女の子。その凜とした姿に目を奪われたのだが、それだけではなかった。  すれ違った瞬間、ふわっと揺れる長い黒髪から、独特の良い香りが漂ってきたのだ。  思わずハッとして、力也は振り返る。彼の頭は彼女のことでいっぱいになり、空腹感すら忘れてしまうほどだった。  その少女の名前は、青田姫子。  数日かけて情報を集めてみたが、まだ恋人はいないらしい。それどころか、誰かに告白されたとか告白したとか、浮いた噂ひとつないらしい。 「みんな、まだ青田さんの魅力に気づいてないのか……。じゃあ、僕だけの青田さんだ! 今のうちに……」  力也は積極的な気持ちになった。  自分でも「いささか古典的すぎるかも」と思ったが、やはり正攻法が一番だ。ラブレターを書いて、彼女の靴箱に放り込み……。  青田姫子を、放課後の校舎裏に呼び出したのだった。  校舎の裏にはゴミ捨て場がある。あまりロマンティックとは言えないが、少なくとも、誰も来ない場所には違いない。  いや『ゴミ捨て場』である以上、掃除の時には人の出入りも激しいはずだが、その時間帯は避ければいいのだ。力也はきちんと計算した上で、各クラスの掃除が終わってから一時間以上は経った頃合いを、待ち合わせの時間に指定していた。 「いた!」  実際、力也が駆けつけた時、その場には一人きり。  背中を向けているために顔は見えないが、もとより力也にとって、青田姫子を正面から眺めた時間は少ない。むしろ後ろ姿の方が印象深いくらいだった。  風に揺れる、この美しい長髪! 間違いなく、青田姫子のものだ! そう確信した力也は、佇む少女の背中に向かって、力強く叫ぶ。 「ずっと前から好きでした! 僕と付き合ってください!」  頬が火照るのが、自分でもわかった。心臓もバクバクしている。  告白自体はラブレターで済ませたはずなのに、いざ口にしてみると、文字で書く以上の恥ずかしさだった。面と向かって告げたわけでもないのにこれだから、後ろを向いていてくれて助かった、とさえ思う。  それに『ずっと前から』と言い切ったのも、微妙に嘘をついているようで落ち着かなかった。まだ一週間も経っていないのに、こんな言い方をして良かったのだろうか……。  そんなことを考えているうちに、少女がこちらを向いた。 「えっ……」  小さく呟いた少女は、驚くべきことに、隣のクラスの青田姫子ではなかった。力也のクラスメートだったのだ。    
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