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青田姫子
その日の朝、靴箱を開けた瞬間。
水色の封筒を見つけた青田姫子は、眉間にしわを寄せていた。
「何よ、これ? まさか、漫画じゃあるまいし……」
パターン的に、真っ先に頭に浮かんだのはラブレターだ。ほぼ同時に、どうせ友人のイタズラに決まっている、とも考えた。
だから笑い飛ばすつもりで、さっさと開封して、中身を読んだのが……。
「何よ、これ! 本物じゃないの!」
思わず大声を上げてしまう。他の生徒から奇異の目で見られるのではないか、と気になって、急いで周りを見回すほどだった。
だが、朝の喧騒に紛れたのか、あるいは、姫子に関心を向ける者がいなかったのか。特に注目された様子はなかった。
とりあえず、背中を丸めて隠すような格好で、改めてラブレターの文面を読み直す。
オーソドックスな告白やら呼び出しやら、あまりスマートとは思えなかった。それでも差出人の名前には、少し心惹かれるものがあった。
「結城力也って……。隣のクラスのあいつよね?」
言葉を交わしたことはないが、名前は聞いたことがある。会えば顔もわかるはず。女子の噂にも出てくるような、そこそこ人気のある男の子だ。
中学は私立の男子校で、スポーツ強豪校として有名なところだったらしい。サッカー部で前途有望と期待されていたのに、脚を怪我して引退。系列の高校にも進学できなくなり、公立の高校に来た。この高校では、全く部活には入っていないという。
「何よ、それ。少年漫画の主人公か、少女漫画の相手役みたいなキャラ設定じゃないの!」
と、話を聞いた時の姫子は、げらげら笑い飛ばしたのだが……。
その漫画のようなキャラが、自分に恋をしているなんて!
「これって、逃がしちゃいけない優良物件よね……」
今まで恋愛とは無縁の姫子だったが、そこは思春期の少女。人並みに興味はあった。
それに彼女は、自分が『姫子』という名前に負けていると感じながら、これまでの十数年間を生きてきたのだ。だが結城力也のような男の子を彼氏に出来るのであれば、いわば少女漫画の主役に躍り出たようなもの。これで名実ともに『姫子』になれる、とすら思うのだった。
約束の時間は、放課後すぐではなく、かなり遅くに設定されていた。
一日そわそわと過ごした後、さらに図書室で時間を潰して……。
「そろそろよね?」
独り言が口から漏れたのは、自分自身を落ち着かせるためだろうか。待ち遠しい気持ちを上書きするくらいに緊張して、妙にドキドキしていた。
「ああ、もう! 今からこの有様じゃ、いざ付き合い始めたら、どうなっちゃうのかしら?」
そんな心配もしながら、校舎裏へ向かうと……。
「ずっと前から好きでした! 僕と付き合ってください!」
姫子を呼び出したはずの結城力也が、別の女の子に告白している場面だった。
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