あの日も歌ったラブソングを

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 だるい身体に気持ちのまま登校。ジャージにTシャツ、幼なじみの芽亜からのプレゼントタオルを首にかけて校庭へ。 「斗和、真面目に走れよ」  部活顧問に笑顔で右手を挙げる。体育の単位にも大切なマラソン大会。去年は中間順位を維持出来た。まぁ1年の中では、前半順位を維持してゴール出来たし。2年生になった今年も前半順位を維持したい。  ピッ  笛の音で1年から3年男子が走り出す。途中の坂道で左足首に違和感。これは前半どころの話じゃない。どんどん抜かれて行く。 「あれ、後ろ誰も来ない」  もうすぐ第一関門。走って歩いて、歩いて走ってを繰り返していた俺は、1台の自動車が停車しているのが見えた。外に出て車の確認をしている様子もない。どうしたんだろう。  コンコンコン  窓をノックして運転席を見て驚いた。芽亜の姉ちゃんだった。妊娠していると聞いていた通りおなかが大きい。 「あれ、斗和君。ごめん、激痛きてハンドル操作出来なくなって。ちょっと停車」  とても痛そうだ。もうすぐ第一関門で此処から見える。俺は走った。このくらいなら走れると思って。保健室の井尾先生を連れて来た。 「私が付いているから、第一関門行って」  救急車を呼んだらしく、俺はサイレンの音を聞きながら歩き出した。少し先に何人かが見えた。  よし、テーピングしてもらったし、歩いても良いから、あの人たちに近づこうと思った。  遺跡公園まで来て、思い出し笑いをしてしまった。激痛を軽減するためか、芽亜の姉ちゃんは歌っていた。その歌は、芽亜の姉ちゃんの夫の愛哉(まなや)君が昔、幼なじみを集めて歌っていた歌。何回も聴かされた歌。  小学6年の愛哉君が歌ったのは、どう考えてもラブソング。しかも、同い年の芽亜の姉ちゃんの名前入り。どこかで知ったラブソングのサビをつなぎ合わせただけ。 「お姉ちゃん、あの歌のあといつも大爆笑してたんだよね。良かったぁ結婚も出来て。次は私たちの番だよね斗和」  2人の結婚式に招待された時に芽亜は言った。その時の俺の顔を芽亜は今も笑って真似する。 「嘘だよ、そんな訳ないよ。私は斗和よりカッコ良くて優しい人と結婚するの」  あーどうぞ御自由に。あの時も今もそう思っている。芽亜は社交性がすごいし、いくらでも男が寄って来る。でも、そう思う反面、芽亜が傷つかないように、俺がヒーローになって守りたいとも思う。  第二関門で各学年のテーブルに行って、クラスと名前を告げる。そして、ちょっと痛みがきたので歩いていたら、愛哉君の歌を思い出して笑ってしまった。低学年の俺たちに真顔で歌って聴かせていた愛哉君がパパになる。まさか、赤ちゃんに聴かすのか? それは止めた方が良いと勝手に思った。  校門まで来て、学年のテーブルで名前を書いていたら顧問が走って来た。 「斗和、相岡(芽亜の苗字)のお姉さんも、おなかの子も無事だって。良く気づいた」  あれで気づかない人いる? 色々と物騒だし素通りしても良かったけれど。身が危なかったかもしれないけれど。  俺の耳が反応した。芽亜の姉ちゃんの歌っていた愛哉君が歌い送り続けていたラブソングに。  校舎まで続く低い石垣に座っていた。空が青い。首にかけていたタオルを額に巻いて、そろそろ校庭へ行こうとした。今になって痛み出す左足首。マラソン大会で酷使して申し訳ない。立ち上がって、クラッとなったら支えてくれる人が出現。 「芽亜? もうゴールしたの」 「女子は短いコースだし。それより、お姉ちゃん助けてくれてありがとう。保健室の井尾先生が教えてくれた。本当にありがとう。話かわるけど、そのタオル使ってくれたんだ嬉しいよ」  その言葉に痛みが少し消えた。嘘じゃない。  芽亜は保健室に行くまで肩を貸してくれた。 「疲れてるのにゴメン」 「あのまま倒れて頭打って、もう斗和に逢えないのマジで嫌だし。いつから痛いの? 」  学校を出てすぐの坂道だと教えた。 「部活でどうかなってたのかもね。井尾先生に処置してもらって。外で待っているから」  処置を終えて保健室を出た。肩を貸そうとする芽亜に大丈夫だと手で制す。 「じゃあ隣にいればいいよね。帰ってから病院行く? 」 「そこまでじゃないかな。どうしてもって時に行くよ」  校門を出たら、芽亜が1台の車に駆け寄った。この車は愛哉君の。 「斗和、久しぶりだなあ。学校の帰りとかにしか見なくなったから。今日はサンキューな」 「いいえ、あの灯里(ひかり)さんと赤ちゃんは」 「斗和のおかげで無事。男の子でした。灯里が斗和と芽亜を迎えに行って連れて来てって」  車に乗った。 「懐かしいなぁマラソン大会。どうだった」  俺が言おうとすると芽亜が言った。 「私は5位だよ、すごくない? 斗和が足首痛くて最後になった。でも、お姉ちゃん助けて足首痛くて、でも完走だよ」  隣の芽亜に「ねっ」と言われて頷いた。 「大丈夫か? 無理すんなよ。今月末は大会だろ」  頷いてから言った。 「灯里さん歌ってました。愛哉君が昔、俺たちに歌った灯里さんへのラブソング。俺も思い出しながら歌って笑って完走出来ました」  こちらこそ、ありがとうございます  芽亜がゲラゲラと笑い出した。俺もつられて笑い出したら、咳払いをした愛哉君も歌いながら笑っている。  いつか俺の気持ちも、歌で伝えようかな。今度カラオケに誘おうかな。             (了)
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