13話

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13話

    「ああ、もう終わった」 と彼が言う。けど、体を離す気になれない。もう少しこうさせてほしい。 震える腕で一生懸命しがみついていると、抱え上げられてしまった。 あっ……そんなつもりじゃ…… 「ごめんなさい、離れるからおろして」 体を離してゼイツ准将(じゅんしょう)のひたいを見る。う゛、うわ。 「血が出ちゃうから下ろして」 「どこ怪我した?」 顔の真ん中に血垂らしている人が、私の全身に目を配る。 「……私じゃないです。准将のおでこです。早くお医者様呼ばないと」 「今ここで報告すると、聴取(ちょうしゅ)だなんだって一日かかるぞ」 私を抱っこしたまま、ゼイツ准将が塔へと歩きだす。 芝生がひっくり返って土だらけになっていて、そこでラージ大将の巨体が太陽の光に照らされていた。 傭兵たちの体も積み重なっている。 准将はそれらを(また)いでいき、アーチドアに頭をさげて一階へ入った。 そこでは棚が倒れ、鍋が散乱し、眠気と格闘したあとがあった。 「自分で上ります、おろして……」 「五階までだから我慢しろ。おいエリアス、起きろ!」 三階を通りすぎる時、ゼイツ准将がドアを蹴った。反応はなかった。 「やっぱりエリアス様も眠らされてるんでしょうか?」 「ああ」 そうだよね。あんな騒ぎがあったのに、起きてこないなんておかしいもの。 「あの……」 飲んだら三日三晩起きない薬だって、キェーマ后が言っていた。 それをゼイツ准将は飲み干しちゃったって、傭兵たちが言っていた。 なのにどうして、起きてこれたんだろう。これも強靭な精神力のなせる業なのだろうか。 「ゼイツ准将は、どうして起きられたんですか?」 「……」 ゼイツ准将の横顔を見る。眉間にしわをよせて、口を結んでいる。 「……信じるって言われてすぐ裏切るほど、間抜けになりたくねーからな」 あ……。 それって……昨夜トランプの時に言ったこと、だよね? 覚えててくれたんだ……。 ゼイツ准将は私をベッドに下ろし、彼もどっと仰向けになった。 とにかく手当を。まずは止血だよね? 綺麗なタオルを持ってこよう。 ベッドをおりようとすると、腕をくんとひっぱられ、私はふりむいた。 「軍に連絡したら、事後処理の人間がこの塔に出入りする。王室の奴らも来るだろうな。俺は本部に呼び出される」 「あ、はい、わかりました」 「デッカイーナにも行くかもしれない。そうなったら今夜は帰れない。今、今日の分をしておいた方がいい」 「はい。…………えっ」 事務連絡だと思って真面目に聞いて返事しちゃった。 驚いて体を引こうとすると、腕が引っ張られる。准将は目を閉じている。けれど、私をつかんでいる手には意思がこもっている。 「しっ、しませんよ!?」 「もう0時過ぎて死んだお前にするのは御免だからな。生きてるうちにしておきたい」 なんかすごい事言われてる! 「何言ってるんですかっ。頭から血流してるのに……っ、手、離してっ」 「大したことねえよ、こんなの」 「大けがです! こんな状態の人と……す、するなんて、そんなの私が死んだ方がマシですっ」 「じゃ顔の上に乗ってくれ。血が見えなきゃいいんだろ?」 彼はそう言って、ウェルカムな感じで手の平を返した。 「はぃ?」 「遠慮すんな。顔に跨ってくれ」 …………ちょっと何を言ってるのかが。 朝露匂う風が室内に入ってきて、カーテンがそよぐ。 目を閉じているゼイツ准将の無防備な横顔。 顎のラインやのどぼとけ、男らしい骨格。……寝たのかな? と思うほど、目をつむったままだったゼイツ准将が「おし」と起きた。 ベッドの上で胡坐をかいて、私を呼ぶ。 「来いよ、ほら」 私は無意識にネグリジェの胸元をつかんでいた。 「今日はひとりで、し、し、しますから、お願いだからご自身の心配をしてください。死んじゃいますよ?」 そう言うと、ジッと見すえられた。なんだか顔が凄くかっこよく見える。恥ずかしかったけど、それよりもゼイツ准将の方が大事だったから、私は目をそらさなかった。 「そうか。わかった」 と彼はうなずいてくれた。 良かった、本気度が伝わった。私はほっと胸をなでおろした。 この時は彼の心配しかしてなかったから、自分一人でシなきゃいけない事なんて深く考えてなかったのです。つづく。    
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