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14話
故郷の草原で、幼馴染が遊んでいる。
なああ、フェル!
ドライヴランドって、こうやって戦うんだぜ!
ぶおん、ぶおん、と口にだして、空気の舵をとるペーター。ペーター・ペペ・ピクシーアイランド、ピクシーアイランド王国の七男。後ろ歩きに近づいてきて、私にごすっと肘鉄をくらわす。
いたあい
ドゥクシッ ブクシッ
やぁめてよー
やめてよー……
頬にそえられた手の感触で目を覚ますと、私は歯を食いしばっていたようだ。ゼイツ准将が見下ろしていた。
あ…………。しかし彼は私には何も言わず、室内をふりむいた。
「ああ、それで?」
「キェーマ后はゼイツが来なければ事情聴取に応じないって言ってんの」
「なんで俺がパレスくんだりまで行かなきゃならねえ」
フライトジャケットを着ていて、出かけて帰ってきたような恰好のゼイツ准将がいる。
「元カノなのに冷たいんじゃない? うひひ」
女性が喋っていた。私が寝ている間にこの部屋へ来たみたいだ。夜中も同じような事があったけど、今は明るいし、ここにいるのはゼイツ准将だ。私はさほど驚くことなく体を起こした。いたた……なんか体のあちこちが痛むのですが……。
「おっとフェルリナ姫様、ご気分はいかが?」
ゼイツ准将と喋っていた女の人は、なんと生着替えの最中だった。カーゴパンツの上はブラジャーという下着姿なのに、すがすがしい笑顔をしている。上腕にこぶ、胸筋の割れた谷間にドッグタグ、軍人さん……みたい。
「あ、ありがとうございっ……えほんっ、けほんっ」
「おっと、大丈夫?」
私は羽毛布団からでた。
「すみません、ちょっと洗面室へ」
「どーぞどーぞ」
洗面室へかけこんで、コップに水を注ぐ。のどが痛い。鏡を見ると、首筋に爪痕が残っていて、髪の毛がぐしゃぐしゃだった。手首、足首もヒリヒリする。
「ねえゼイツ今さ、アタシのおっぱい見た?」
室内では女軍人さんが話していた。
「見てないと思うぞ」
「いつもはね。でも今日は零コンマ5秒長く見てたよ。これがフェロモン効果ってやつ? 寝てる時はそうでもなかったのに、……なんか、こう、脳がとろかされる感じする」
……もしかして、私の話……ですよね? なんかすみません。私はごくりと水を飲んだ。
「これさぁ、大変そうだから任務代わってあげようか?」
「いや、いい。俺が国へ帰すと約束した」
「そっか。だったら優しくしてあげなよ? あんた顔怖いからさ」
「余計なお世話だ」
「フェアリーってあんまり怖いもの見ると死んじゃうらしいよ。その場で真っ白になって、パラパラパラーって粉になっちゃうんだって」
「やめろこえー事言ってんじゃねえよ!」
「ごめんごめんお姫様、うがい済んだ?」
女軍人さんが洗面室の入口へやってきて壁に寄りかかり、気を遣ってくれた。
「チュウリッツー軍のウェンディ・ドライヴランドです。ゼイツに頼まれて、今の今まであなたのおそばに」
この方も、ドライヴランド……。髪を無造作に結っていて、はっとするほど整った目鼻立ちの男顔の人だった。大好きな二番目のお姉様と似た顔立ちに、親近感がわいた。
「そうだったんですか。寝落ちしていてすみません、ありがとうございました」
ごくごくといい音をさせてゼイツ准将がソーダ水を呷っていた。
「怪我大丈夫ですか?」
私は尋ねた。彼の頭には包帯が巻かれている。
「ぅあ、何ともない。今本部から帰ってきたんだ。これからまた出かけるから、引き続きウェンディにいてもらってくれ」
「詰問きつかった? あ、ダジャレじゃないよ?」
ウェンディ様が聞いた。
「ああ疲れた」
「そりゃデッカイーナの将軍の首はねちゃったからね。でも良かったよ、姫様連れて行かれてたら妖精戦争になってたからさ、むしろ勲章ものじゃんね?」
「中将になれといわれた」
「昇級したんかーい! だったら疲れたとか言うなや!」
せわしないノックの後、背後のドアが開いた。
「フェルリナ姫!! ご無事ですか!?」
飛びこんできたのはエリアス様だった。金色の髪の毛とパジャマ姿でわかった。私は彼の顔を初めて見るくらいの気持ちで目を丸くした。鉄仮面してたから、お顔忘れてた。
「お早いお目覚めだな」
ゼイツ准将が言う。イヤミだと思うんだけど、エリアス様は全然耳に入れてない。私の手をとってひざまずいた。
「フェルリナ姫……!! 貴方に何かあったら、僕は……僕は……」
私は彼から手を引こうとした。なんだっけ、なんかこんなことしてちゃいけない気がするんだけど――。
「むっ、この手首の痕は一体どうなされたんです!?」
「離してくださっ……」
私は羽をぱさぱさいわせて、ウェンディ様の後ろへ逃げた。
「おっと?」
「フェルリナ姫? どうなさいました?」
こんな事してたら、またキェッ……キェ……ッ、キ……、あ、あれ?
「クェッ、クェッ……、誤解されてしまうので……」
と唾を飲みこんで言うと、エリアス様はやや首を傾けた。
「誤解……ですか?」
「はい……」
「どのような?」
「お前が変な時にフェルリナの名前呼ぶからだろ」
ゼイツ准将が言ってくれた。
「変な時? …………!」
ようやく自覚したみたいで、エリアス様の白肌がみるみる赤く染まっていく。
「ぼ、ぼぼ僕、アイアンヘルム被ってきます!!」
エリアス様は部屋を飛びだしていった。ゼイツ准将に暴力をふるってしまい、私に合わせる顔がないと仮面を被っていたエリアス様。今回は、鉄の兜を被るみたい。うん。
「なんなの?」
すごくわけがわからないという顔でウェンディ様がふりむく。私は喉をおさえて、首をかしげた。「キェーマ后」という名前を言おうとすると、鳥の鳴き声が口から飛びだす。
「クエッ、クェッ、クケケーッ」
となる。なにこれ。私ニワトリになっちゃったの。
「おいフェルリナ」
ゼイツ准将が私の異変に気づいた。
「ニワトリはクエッじゃなくて、コケッだぞ。間違えんな」
「真面目な顔で言わないでください。勝手に出ちゃうんです」
「そりゃキェーマの魔術だ。心配すんな、日が経てば治る」
え、魔術?
いつの間に? なんで?
「自分に不利な供述をされないようにしてあるみたいね」
ウェンディ様が言った。パニックになりかけている私とちがって、二人とも落ち着いている。慣れているみたいだった。
「姫様こちらへ。少し話をきいてもいいですか?」
ウェンディ様が私をソファへと座らせて、彼女も隣に腰をおろす。テーブルを挟んで、ゼイツ准将が立つ。ミリタリーブーツに細身ボトム。今日履いているのは膝の辺りが破けていた。
「一応聴取な。夜中、何があったか話せるか?」
「えと……夜中に目が覚めたら、クェッ……クエエッ」
「……ああ。クェッがどうした?」
「クッククエーッが、クツで……」
こんなのやだ。ふつふつと笑いがこみあげて、私はお腹を抱えた。
「ちょっとまって……笑わせないで……っ」
「笑わせてんのはそっちだろ」
「ていうかさっきの国王様は、何がしたかったの?」
ウェンディ様が、私たち二人を見比べて聞いた。
「フェルリナを心配して来たんだろ」
准将が答えた。
「それは分かったけど、でも姫様は避けてたよね?」
ウェンディ様が不思議がって私を見る。私は呼吸を落ち着けて、鳥の声にならないよう気をつけて答えた。
「エリアス様と私の仲をこれ以上疑われたくなかったので」
「クエーッがヤキモチ妬いたってこと? あのバカ国王様に?」
「クエーッが怒って襲撃したと思ってんだろ。フェルリナの頭では」
「なんでお二人がクエーッ言うんですかっ」
ウェンディ様はいやいやと手をふった。
「ないない! だってあの女が惚れてるのはゼイツだよ。昔から、エリアス王にはこれっぽっちも興味ないのは有名な話」
あの女が惚れてるのはゼイツ、准将?
びっくりしすぎてひゃっくりがでた。
「ヒャック」
「そうキェーマ后です。ゼイツに惚れ薬飲ませて、一時期恋人同士やってたくらい。あん時ラッブラブだったよねえ? うひひっ」
「うるせーなてめえ!」
ぅえ゛え゛っ。私は両手で口を抑えた。ラッブラブな恋人同士? 私の顔をごりごり踏んでたあの人が? ゼイツ准将と!?
准将と目が合って、思いっきり顔をそむけてしまった。
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