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15話
※後半:過激な台詞がありますのでご注意ください
それからゼイツ准将はデッカイーナ大国へ発った。彼が戻るまで、ウェンディ様が警護を引き受けてくれるそうで、彼女は現在四階で待機している。四階は倉庫状態だったはずなので、「良かったら一緒にこの部屋にいてください」と言いかけた私は、口を噤んだ。
忘れていた。私には、一人ですべきことがあった。
夕方。水色の空はフラミンゴ色に染まり始めている。下の庭は……あれは血だろうか、ちょっと汚れているけれど元通りになっていて、それらが見える出窓で、私は顔をつっぷしていた。
とても一人でする気分になんてなれないよ……。
しなきゃ死ぬんだと思うと、全くそんな気分にならなくないですか。ウシナウ草だけが頼りだったのに、それもここにはない。
「はあ……。ゼイツ准将って、頭いいんだな……」
私がこんな風に途方に暮れることを、先読みしてたんだから。
何の音かと部屋をふりむいた。……ティリリリン ティリリリン すずらんの電話が鳴っていた。
『もしもしフェルリナ? 私よ』
「……プリシラお姉様?」
『ああ良かったわ。あなた大丈夫なの?』
一番上の姉、プリシラお姉様だった。声がきけてホッとして、私はひたいに手を当てて、無理に笑った。
「えへへ、デッカイーナ人が私をさらいに来たの」
『……フェル?』
「私誘拐されてるのに、さらに誘拐されそうになったの。ばかみたいでしょ、あは」
『……やあね、あなたが誘拐されて、私たちが普通にしていられると思って?』
何かをちゃんと説明しようとして、お姉様は息を吸った。
『たしかにフェルは一度捕えられました。ウラーギリ大佐という人が連行しようとしたのです。でもそれを、ちょうど偶然近くにいたゼイツ准将が止めてくださったの。あなたは気絶してたから覚えてないでしょう』
「全然覚えてない」
『ええ。そしたらおじい様がそのまま連れていくよう頼んで、それでそこにいるのよ?』
それを聞いて、私はがくぜんとした。
『あなたが落ち込んで部屋に閉じこもりきりだから、心配しての事よ。……タブン』
「……ひぐっ」
私はわんわん声を抑えられなくなった。おじい様のことだけで泣いてるんじゃなかった。いろんなことがありすぎたせい。受話口から慰めてくれるのが聴こえる。
私が泣き止んだ頃合いを見計らって、お姉様が聞いた。
『そちらでの生活はどうかしら?』
「ウシナウ草がないから困ってる」
『えっ!? 近くに生えてないの?』
「昨日探しに行ったけどなかった……」
『……やだわ、アバウト先生がたくさん生えてるっていうから……』
「もし手に入らなかったら、どうしたらいい……?」
『うううーーーん』
こういう時、例えばインライお姉様だったら「セックスすればいいじゃない」などとあけすけな事を言うのだろうけれど、その点プリシラお姉様は淑女なので深く悩んでくれた。昨日一昨日はどうしたの? と聞かないでくれるところも淑女だった。
『……先生が送った小包、手元にある?』
「うん」
『その中に、ラベンダーの惚れポーションがあったでしょう? 六時間限定の方よ。その成分にね、セイヨク=ウシナウ草が入っているの』
「そうなのっ?」
私は洗面室の方へ、顔をあげた。
「そのために送ってくれたの?」
『ええ、万が一のために』
「ありがとう……プリシラお姉様」
力の入らない手で受話器を持ち直す。
ジョニーが死んでから、生きる気力を失った私。こうしてお姉様が心配してくれるから、やっぱり頑張って生きていかなくちゃって思える。
「飲んでみる」
『でも気をつけるのよ? 誰かを見たら好きになっちゃうんだから、くれぐれも変な人見ちゃだめよ?』
★ ★ ★
一方、ゼイツはイークアル公国宮殿にて湖上のほとりを歩いていた。
夕日が燃える水辺を、漆黒のフラミンゴたちが闊歩している。国王の塔がある北部に比べ、ここは少々気温が高く、風もない。鳥たちの臭いが鼻についた。
「――ここにかけてくんな。切るぞ」
彼はアホンをポケットへ押し込んだ。軍支給の携帯端末、正式名称をワイズホーンというのだが、情報はあてにならず、僻地ではつながらず、将軍はみなアホンと呼んでいる。
そんなことはさておき、ほとりのカウチに女が横たわっている。
「キェーマ・ダダ・イークアルランド、聴取に来た。さっさと話せ」
近くまで行くと、ゼイツは早々に録音を開始した。
チューブドレスの肩にかかっているプードルのような髪を払ったキェーマは、バースペースを指さした。
「何か飲む?」
「いらん」
そこにいる上半身裸の男――愛人だろう――が、生気のない目をして立っている。
「デッカイーナへ行くんじゃなかったのかしら」
「途中、声明がでた。ラージが単独で遂行し、大国は何ら関わりがないといっている」
「そう。それでこっちへ来てくれたのね、良かった」
キェーマは体を起こし、クッションの下から魔術本を滑らせた。開くと映像を記憶のように見ることができる。
「来てくれなかったらワタシ、あの妖精にアナタのマスターベーション映像でも送りつけようかと思ったの」
「ずいぶん気前がいいじゃねえか。宝物じゃなかったのか?」
妖精。滅多に聞かない侮辱語である。だがここで挑発に乗れば、キェーマはますますフェルリナを標的にするに決まっている。
キェーマはくつくつと笑っていた。
「昨夜のことは心神喪失状態でお願い。そうしてくれれば、送らないであげるわ」
「何がどう心神喪失なのか、詳しく言え」
「だって、まさかアナタがあの塔にいるなんて思わなかったの。驚いたわ。妖精を罪人として連行したのはウラーギリ大佐だって聞いていたのに、どうしていたの?」
ゼイツは氷のような目をしてキェーマを睨みつけた。
「その呼び方やめろ」
「ううん、やめない。ワタシ動揺したのよ、エリアスと愛し合ってる声をアナタに聞かせていいのかしらって。でもアナタは楽しそうに五階で騒いでた。だから傭兵団を雇った。発狂してやっちゃったのよ」
「ラージ大将を呼んだのは、お前か?」
「だから発狂しててお・ぼ・え・て・な・い」
キェーマが首を揺らして顎をつきだす。ゼイツは録音をとめて、アホンをしまいこんだ。
「あの妖精だけど、あんなフェロモンまいて必死にアナタのこと誘ってるのね。なんだか憐れ」
「精力剤として利用しといて、その言い草はねえな」
「……さっきから庇ってばっかりね。好きになっちゃった?」
「フェロモンや惚れ薬で、人が人を本当に好きになると思ってんのか? いい加減、考えを改めろ」
背を向けて歩きだしたゼイツは腕時計を見おろした。
今から戻れば二十二時には着く。足どりが速くなる。
夜になった宮殿に、眩い光があちこちに灯る。
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