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17話
「お菓子作りが好きだなんて、女々しい趣味だとお考えになりますか?」
「いえ、全くそんなことは」
「しかし僕は今日ほどこの趣味に感謝した日はありません」
「?」
「愛するあなたに喜んでいただけるのですから」
「! ……////」
愛する、好きだ、大切だ、想っている。
この数時間の間にこんな言葉をたくさん囁かれて、私、ふわふわ雲の上にいるみたいです。
今、ナイト様と私は一階のキッチンに立ってケーキを作っている。室内には、もう一人、ウェンディ大佐という女性がいる。申し訳ないことについ存在を忘れてしまい、仲間外れにしちゃってるみたいで顔色をうかがうと、にこやかに私たちを見守ってくれている。
アイアンヘルムを被った頭で、食材を覗きこむように扱ってる繊細な手つき。ナイト様は綺麗な指をしていて、でも爪が大きめでそこが男性らしかったの。私がちょっとドジしちゃっても、「大丈夫ですよ」ってフォローしてくれるし、クリームを作るのに、へらでまろやかにこねる手つきに見とれちゃった。
「では姫様、これでシャンティーは完成です」
「はいっ」
「僕たちの共同作業、息ぴったりですね♡」
「はいっ♡ えへへ////」
スポンジにたっぷりとクリームをおとすナイト様。パレットナイフに人差し指をそえて、伸ばし塗っていく。均一に広げるために何度もなでる。
口をあけてそれを見ている時だった。
ブオンッ ブオンッ ドゴゴ
ナイト様が手をとめた。ぎくっとした感じだった。
「ウェ、ウェンディ大佐、ゼイツって……」
「おっと、帰ってきたみたい」
ザクザクザクザク芝を踏む足音があっという間に、
バコンッ!
扉を蹴り開けた。
アーチドアを当たり前のようにくぐってきたその男の人は、室内を鋭くねめまわし、私たち二人に眉尻を吊り上げた。頭には包帯、ジャケットの前ははだけていて、膝小僧はやぶけている。あっ、こっ、この人蛮族!? 人の家のドアを蹴り破って入ってくるなんて、蛮族しかいない。
「ゼ、ゼイツ、今晩は戻らないんじゃなかったの……?」
「戻ってきたら何かマズいのか?」
ゼイツ?
あ、ナイト様のお知り合いだったんだ。良かった。だったら大丈夫……かな?
ゼイツさんは私たちがいるダイニングテーブルまでやってきて、ダンッと椅子を引いた。席につこうとしてぶつかってテーブルが揺れる。そのせいでせっかく用意しておいたラズベリーソースがこぼれ、私はこの人の顔を見た。
「何やってんだよ、エリアス」
「僕は彼女を愛してるんだ。す、全てが片付いたら、正式にプロポーズをするつもりだ」
「血迷った事言ってんじゃねえぞ」
「本気だ! この気持ちは本物だ! 僕だって一人の男だぞ、女性を愛して何が悪い」
「その前に一国の王だってこと忘れんな」
「……」
黙ってしまったナイト様は叱られているみたいで、並んで立っている私も肩身がせまくなった。上目にそうっと蛮族の人を窺うと、彼は私に目を光らせていた。
ウェンディ大佐がひそひそと耳打ちしていた。
「どうもあの薬、アホの子になっちゃうみたいなの。アタシとゼイツが誰だか分かってないよ?」
「見りゃわかる」
あの、聞こえてるんだけど……。
「おいエリアス、そのヘルム貸せ」
とゼイツさんが立ち上がり、テーブルのこちら側へ回って来ようとしたので、私とナイト様は反射的に反時計回りにずれた。
「ど、どうして貸さなきゃいけないの?」
「なんでもいいだろ、よこせ」
ゼイツさんが時計回りにこっちへ来たので私たちも時計回りに距離をとる。ナイト様が身構えた。
「イヤダ! なんで貸さなきゃならないんだ!」
「うるせーな駄々こねんなよ」
「さ、さてはこれを被って姫に手を出すつもりだな!?」
「そりゃおめーだろッ!」
「姫が愛しているのはこの僕だぞ!」
「往生際わりーなてめェ!」
「何やってんの???」(ウェンディ)
「フェルリナ姫、下がってて下さい! 貴方は僕が守る!」
ゼイツさんがあっさりテーブルを飛び越え、ナイト様を蹴り飛ばした。
「んぎゃふんッ」
「ナイト様!?」
♡ ♡ ♡
蛮族がすぽっとナイト様の頭を引っこ抜いて、私は衝撃を受けた。
「もらってくぞ」
ヘルムをかぶった彼は、私を持ちあげた。片腕で、子供でも抱っこするような身軽さで階段をのぼっていく。頭をぶつけそうになった私は肩にしがみつくしかなかった。
彼は私をベッドへおろすと丸テーブルへ近づいた。
「あっ、みないでっ」
しかし彼はポエムには興味もくれず、空の小瓶を手にとった。
「なんでこんなもん飲む必要があった?」
「私それ飲んだんですか?」
「ああ」
「どうして?」
「俺もそれを聞いてんだ」
私は彼を見あげた。彼も私を見おろしていた。
さっきまで、アイアンヘルムの隙間から覗いていたのはヴァイオレットの瞳だった。
それが今はアクアグレー色の瞳をしている。
「…………」
そしてどうしてだか、私はこの瞳の方が好きだった。
「持病のことは覚えてるか?」
「誰の?」
兜の中で、はっとため息をつくのがきこえた。
「ま、いいか。やっちまおう」
ベッドへ来る。やっちまおう!? 今度は私が丸テーブルの方へ逃げた。
「紳士じゃなかったんですか!」
「俺は軍人だ」
そういう意味で言ったんじゃないのに。私はほおをふくらませた。
この人はナイト様……じゃないから、カブト様でいいや。なんかカブト虫みたいに力づくだから。
「あの、カブト様? そういう事をするのなら、ちゃんとお付き合いをして、お互いをよく知るべきだと思います」
「カブト様って何だよ。いいぜ? 何から始める?」
彼は腕時計を見た。
「まずは草原でデートして手をつなぎたいです」
言ってて照れる。
「それは草原限定なのか?」
「何にもないところでも、一緒にいて楽しいのが恋人同士ですから」
私は満面の笑みで答えた。
「……なるほど。それで?」
「草原で手をつないで、ヨーデルを輪唱して、口笛を吹き合って……」
そこまで言うと、カブト様の肩が震えだし、こぶしで口元を抑えてむせていた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、それで?」
「プレゼント交換して、告白するんです」
「プレゼントのあとに告白なんだな?」
「逆でもいいと思います」
私は自信たっぷりに答えた。ちなみに得意げに話してるけど、恋人なんてできたことありません。
「プレゼントはどんなものだ。宝石や、アクセサリーの類か? それとも五葉のクローバーとかそういう方面か?」
「私が昔もらったのは……」
――フェル! これがオレからのプレゼントだ、くらえ!
「…………凄く嫌な物をもらいました」
「嫌な物? んじゃそいつとは恋人にならなかったのか?」
「はい。それを見て私が白化しちゃったから、恋人の儀式どころか接近禁止命令がその子に出たんです」
「白化……ってマジであるのか。なら、そいつはジョニーじゃねえんだな」
「ジョニー?」
黄色いしっぽが走っていく。ぼやけた脳裏に、なんだかとっても幸せな思い出がよぎった。
ハッと、私は立ち尽くした。
室内の家具がくっきりはっきり色づいて見えた。窓からはびゅうと音がきこえ、生々しい夜の薫風が通る。
「ジョニーの名前出したら、薬切れたか……」
アイアンヘルムを脱ぐ彼の姿に、胸が高鳴る。この六時間の出来事はなんとなく分かっている。今日はもう帰らないと言っていたゼイツ准将が帰ってきた。その事に、ドキドキしている自分がいた。
「説明してもらおうか。なぜあんなもん飲んだ?」
「……は、はい?」
見るとゼイツ准将は私に眉をひそめていた。え……っ、なんか怒ってる……? こんな目で見られたことなかったから、思考がストップして答えるのが遅れた。
「別に俺は、フェルリナが自分のものになったなんて思ってないぞ」
ゼイツ准将は言った。
「けどな、俺ともエリアスともそういう事をするっていうのはおかしいから、俺だけにしとけ」
…………?
怒ってない。
声が優しい。
ゼイツ准将、すねてる……?
よくわからなくて自分の腕を抱いて立っていると、手を差し伸べられた。
「おいで。たくさん気持ちよくしてやるから」
私のほっぺたが甘酸っぱくしびれる。
ちょうど、そう、ラズベリーソースを舐めちゃったみたいに。
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