19話

1/1
前へ
/34ページ
次へ

19話

    「そろそろ着くし、ちょっと打ち合わせしといた方が良くない?」 ウェンディ大佐が言った。 「まず姫様の素性を隠すでしょ? 愛称はフェルルン呼びでいっか」 フェルルンって。壁の世界地図を見ていた私は照れて、彼女の隣に腰を下ろした。 ここは将官用の船室。ゼイツ准将(じゅんしょう)は仕事机に足をのっけてペプーラを飲んでいる。 今朝、塔を発った私たちは、この大型飛空艇に便乗した。 ドライヴランドはイークアルランドの隣だから遠くないはずなのに、かれこれ三時間飛空艇に乗っている。それぞれの国土が広すぎるせいだ。 「バーズでは、フェルルンはゼイツの嫁ってことにしとこうよ。んでもって一番問題なのは、このフェロモンを何とかしないと」 「却下だな。任務なんだから隠す必要ない」 「アイハーツさんがどんな反応するか見ものじゃん」 「嘘ついてどーする」 ゼイツ准将が言い、ウェンディ大佐が肩をすくめる。 何の話をしてるんだろう。二人とも頭が良くて普段から二手三手先の話をしているし、そもそも地元トークだし、私は戸惑いを隠せず聞いた。 「あの、バーズでは嫁ってなんですか?」 ウェンディ大佐が答えてくれた。 「バーズは〝ボーン・ドライヴァーズ〟っていうステーキハウスのこと。いわゆる酒場ね。そこにお姫様が入ってきたらさ、危ないじゃん? だからゼイツの嫁ってことにしとけば、被害は最小限に抑えられるだろうって話だったんだけど」 危ないときくとなんだか怖いけど、ゼイツ准将が守ってくれる……って思っていいのかな。 目が合って、彼が何か言おうとし、ウェンディ大佐が喋り終わるのを待った。 「あ、別に女が一人もいないわけじゃないよ。ドライヴランド族の男を狙って来てる女も多いから、そんなに怖がることない。あとギブソンには要注意。ゼイツと一緒にいると100%嫉妬してつっかかってくるから」 「フェルリナ、草があればその精力剤効果は消えるのか?」 ゼイツ准将が聞いた。 「荒くれ者ばっかりなんだよ。抑えられるならその方がいい」 えっと、セイヨク=ウシナウ草を飲んだら、精力剤効果が消えるのかって聞かれてるんだよね。 私は首をかしげた。 「フェアリーアイランドには人間の男性がいなかったので……」 「飲んでみりゃわかるか」 「バーズ大乱闘になるかもね、アハハ」 「あの……」 私は着ているマントを鼻にくっつけて、二人に尋ねた。 「私、そんなに出てます?」 「ああ!」「うん!」 きっぱりうなずかれてしまった……。 「とにかく、これ以上迷惑かけないようにしなくちゃ」 トイレから出た私は、鏡の自分にきっぱり言ってみた。 ナポレオンマントで羽を隠し、ブーツにキャスケット帽という恰好は、目立たないようにしろと言われたから。 ゼイツ准将とウェンディ大佐の故郷とあって、ご家族に会うことも考えて、最初プリンセスドレスを着て一階へおりたら秒で却下された。 TPOって大事ですよね。 パウダールームを出る際、飾られたファッション寫眞(しゃしん)に目を止める。 インライお姉様だ。ちょんと尖った唇と長いまつげが愛らしい小鳥を連想させる。燃えるような朱色の髪が透けている。相変わらずとても綺麗。 「あ。お待たせしました」 私が化粧室にいるあいだも、ウェンディ大佐は警護として待っていてくれたようだ。手すりに寄りかかり、風に目を細めていた。 「ん? 何?」 「ウェンディ様といると、二番目の姉を思い出すんです。ディアお姉様っていうんですけど、動物学者で、自前の飛空艇で大自然に飛びこんで行っちゃうんです」 ディアお姉様、元気かな。 「あー、フェアリー王国の超越美人姉妹か。トイレにブランド広告あったよね? あの人は何番目?」 「三番目です」 私は笑って答えた。 「あのお姫さんだけ露出すごいよね。他は神秘のヴェールに包まれてるのにさ」 「あはは。各国に恋人がいて、カメラマンやデザイナーと付き合ううちにこうなっちゃったみたいです」 「ほー。やっぱりフェアリー族って一妻多夫制なの?」 「へ? い、いえ、そんなことは全く……」 「ここにかけてくんじゃねえって言ってんだろ。切るぞー」 船室からゼイツ准将が出てきて端末をしまいこむと、私たちに声をかけた。 「俺たちはここで降下する」 「姫様も? 着地できんの?」 ウェンディ大佐が言う。 「五階からいけんだからいけるだろ。フェルリナ、着地できるか?」 パタパタパタパタと私の羽が風に音を立てる。 「エ?」 「ちょうど真下に用があるんだ」 真下? 私は地上までの距離をのぞきこみ、下半身がスーンと寒くなった。点々と、家屋が見える。 「こんな高さ無理です」 着地できるか聞いといて興味なさそうに、彼はジャケットを羽織る。 「私の羽でゼイツ准将まで支えられないです」 「俺はいいんだよ」 こっちへ来て私の腰を引き寄せた。 「ほんとに!?」 ほんとに彼は足をあげて、手すりの上に立つ。 「おっし行くぞ。ヨォロレイヒ~~~~~!」 「ちょっ、待っ、きゃあああああ」    
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加