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19話
「そろそろ着くし、ちょっと打ち合わせしといた方が良くない?」
ウェンディ大佐が言った。
「まず姫様の素性を隠すでしょ? 愛称はフェルルン呼びでいっか」
フェルルンって。壁の世界地図を見ていた私は照れて、彼女の隣に腰を下ろした。
ここは将官用の船室。ゼイツ准将は仕事机に足をのっけてペプーラを飲んでいる。
今朝、塔を発った私たちは、この大型飛空艇に便乗した。
ドライヴランドはイークアルランドの隣だから遠くないはずなのに、かれこれ三時間飛空艇に乗っている。それぞれの国土が広すぎるせいだ。
「バーズでは、フェルルンはゼイツの嫁ってことにしとこうよ。んでもって一番問題なのは、このフェロモンを何とかしないと」
「却下だな。任務なんだから隠す必要ない」
「アイハーツさんがどんな反応するか見ものじゃん」
「嘘ついてどーする」
ゼイツ准将が言い、ウェンディ大佐が肩をすくめる。
何の話をしてるんだろう。二人とも頭が良くて普段から二手三手先の話をしているし、そもそも地元トークだし、私は戸惑いを隠せず聞いた。
「あの、バーズでは嫁ってなんですか?」
ウェンディ大佐が答えてくれた。
「バーズは〝ボーン・ドライヴァーズ〟っていうステーキハウスのこと。いわゆる酒場ね。そこにお姫様が入ってきたらさ、危ないじゃん? だからゼイツの嫁ってことにしとけば、被害は最小限に抑えられるだろうって話だったんだけど」
危ないときくとなんだか怖いけど、ゼイツ准将が守ってくれる……って思っていいのかな。
目が合って、彼が何か言おうとし、ウェンディ大佐が喋り終わるのを待った。
「あ、別に女が一人もいないわけじゃないよ。ドライヴランド族の男を狙って来てる女も多いから、そんなに怖がることない。あとギブソンには要注意。ゼイツと一緒にいると100%嫉妬してつっかかってくるから」
「フェルリナ、草があればその精力剤効果は消えるのか?」
ゼイツ准将が聞いた。
「荒くれ者ばっかりなんだよ。抑えられるならその方がいい」
えっと、セイヨク=ウシナウ草を飲んだら、精力剤効果が消えるのかって聞かれてるんだよね。
私は首をかしげた。
「フェアリーアイランドには人間の男性がいなかったので……」
「飲んでみりゃわかるか」
「バーズ大乱闘になるかもね、アハハ」
「あの……」
私は着ているマントを鼻にくっつけて、二人に尋ねた。
「私、そんなに出てます?」
「ああ!」「うん!」
きっぱりうなずかれてしまった……。
「とにかく、これ以上迷惑かけないようにしなくちゃ」
トイレから出た私は、鏡の自分にきっぱり言ってみた。
ナポレオンマントで羽を隠し、ブーツにキャスケット帽という恰好は、目立たないようにしろと言われたから。
ゼイツ准将とウェンディ大佐の故郷とあって、ご家族に会うことも考えて、最初プリンセスドレスを着て一階へおりたら秒で却下された。
TPOって大事ですよね。
パウダールームを出る際、飾られたファッション寫眞に目を止める。
インライお姉様だ。ちょんと尖った唇と長いまつげが愛らしい小鳥を連想させる。燃えるような朱色の髪が透けている。相変わらずとても綺麗。
「あ。お待たせしました」
私が化粧室にいるあいだも、ウェンディ大佐は警護として待っていてくれたようだ。手すりに寄りかかり、風に目を細めていた。
「ん? 何?」
「ウェンディ様といると、二番目の姉を思い出すんです。ディアお姉様っていうんですけど、動物学者で、自前の飛空艇で大自然に飛びこんで行っちゃうんです」
ディアお姉様、元気かな。
「あー、フェアリー王国の超越美人姉妹か。トイレにブランド広告あったよね? あの人は何番目?」
「三番目です」
私は笑って答えた。
「あのお姫さんだけ露出すごいよね。他は神秘のヴェールに包まれてるのにさ」
「あはは。各国に恋人がいて、カメラマンやデザイナーと付き合ううちにこうなっちゃったみたいです」
「ほー。やっぱりフェアリー族って一妻多夫制なの?」
「へ? い、いえ、そんなことは全く……」
「ここにかけてくんじゃねえって言ってんだろ。切るぞー」
船室からゼイツ准将が出てきて端末をしまいこむと、私たちに声をかけた。
「俺たちはここで降下する」
「姫様も? 着地できんの?」
ウェンディ大佐が言う。
「五階からいけんだからいけるだろ。フェルリナ、着地できるか?」
パタパタパタパタと私の羽が風に音を立てる。
「エ?」
「ちょうど真下に用があるんだ」
真下? 私は地上までの距離をのぞきこみ、下半身がスーンと寒くなった。点々と、家屋が見える。
「こんな高さ無理です」
着地できるか聞いといて興味なさそうに、彼はジャケットを羽織る。
「私の羽でゼイツ准将まで支えられないです」
「俺はいいんだよ」
こっちへ来て私の腰を引き寄せた。
「ほんとに!?」
ほんとに彼は足をあげて、手すりの上に立つ。
「おっし行くぞ。ヨォロレイヒ~~~~~!」
「ちょっ、待っ、きゃあああああ」
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