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20話
私たちは落っこち出した。
「キ……」
悲鳴を風とともに飲み込む。口をあけていると涎を飛ばしてしまいそうだった。必死な形相に違いない私。ビュウビュウと風にまくられる。ゼイツ准将の横顔を垣間見る。眼差しは真剣だけど口元は笑っている。
容赦なく落下している。
固い大地に叩き打ちつけられる未来がフラッシュする。何が何でも私この羽で、ゼイツ准将を引っ張って着地しなきゃって思うのに、彼が羽ごと私を抱えこんでいて、このままじゃ着陸体勢がとれない!
ブゴォン!
ゼイツ准将が動き、私を両腕の中に抱いて頭を庇った。振動があった下方の地面が湧きあがっている。みるみる立ち昇ってくる。息をのむように叫ぼうとした声が土にかき消される。靴の裏に勢いがぶつかってくる。荒々しすぎる。土の粒が飛び交い、石がぶつかってきて、私は准将の首筋に顔を押しつけた。
なんなの、なんなの、凄い音を立てて私たち土の山を滑っている。
最後は滑り台から飛び出すようにして、降下が終わった。
「……」
パラパラパラと土が降る音。
目を開けると、准将の首筋がある。
ちゅう。
私はゼイツ准将の肌に吸いついていた。
……ぎゃっ、何やってるの私!? とっさに体をはなした。地面にあぐらをかいた彼の膝の上で、私は横抱きにしてもらっていた。
や、やばい。
たぶん着地が怖すぎて頭が変になったんだと思う。准将の首に自分のよだれがついてるの、恥ずかしいを通り越して無かった事にした。ごめんなさいも言えなかった。
彼はおもむろに立ち上がって私をおろした。
「なんでヨロレイヒー言わねーんだ」
「カハッ……腰抜けて立てない!」
私はよろけて、なんとか、生まれたての仔鹿を見習って、足を広げて踏ん張った。
「は、は、羽使えるか? ……っていうから、私……准将助けなきゃって……」
「羽があったら空飛べるか試してみたいだろ?」
「飛べませんってば……!」
「実際問題、凧みてーに吹き飛ばされて艇に激突してたかもしれない」
「じ、実験したんですカハッ……」
私たちが滑り降りてきた土山が、チョコレートジェラートみたいな傾きをして天へと伸びている。柔らかくしなだれて、そのうち崩れそうだ。
これのおかげで無事だったんだ。
「これ、何なんですか?」
「ダートっつって、土を動かす。ドライヴランド族の能力の一つだ」
ゼイツ准将は、背中とおしりが泥だらけだった。私も自分の後ろを触ってみたけれど、汚れてない。
辺り一帯、そちらこちらで土壌がほっくり返っているのは、地元の人たちも能力を使っているってことなのかしら、私はキョロキョロしながらあとを追った。
「あのっ、どこへ」
「あれが俺の実家だ」
「そうなんですか!?」
真下に用があるって、このことだったんだ。
家が一軒、目と鼻の先にある。
暗い色味の木の壁をしていて、柵がないので、ニワトリたちが自適に歩いている。
「ニワトリ飼ってるんですか?」
これだけ広大な土地だからか、ここも隣家も平屋だった。隣といっても、手を振って気づいてもらえるかっていう距離であって、あとは胸のすくような地平線が背景にある。
初めてのドライヴランドの景色だった。空はとても高い。
「ご家族はいらっしゃるんですか?」
「父親が一人で住んでるが、仕事で留守のはずだ」
お父様の一人暮らし。それで、こういう感じなのかな。家回りにあるのは、木板や工具など実用的なものばかりだった。
「准将は?」
「俺は軍の寮に入ってる」
「あ、そっか」
彼は一通り歩き回ってきて、
「ねえな」
と渋い顔をする。
「庭に生えてた気がしたんだが、タイミング悪く除草したのかもしれねーな」
そう言われて私も足元を見回した。草むしりしたような跡がある。
「他の場所探してみてもいいですか?」
「そうだな。あっちに森があるから行ってみるか」
「ありがとうございます」
准将が玄関に入るとカラカラとベルが鳴った。
「着替えるから中入って待っててくれ」
「あ、はい」
彼がドアを押さえて待っているので、私はおずおずと敷居をまたいだ。
暗がりに砂が香った。
「おじゃまします……」
なんとなく天井を見あげてから、左右へわたる廊下に気をとられる。
「何か飲むか?」
と准将が入っていく。そこはキッチンだった。水色ストライプの壁が少し汚れていて、テーブルがあって、マグカップが一つ置いてある。
目が合い、私は首をふった。
「着替えてくる」
ゼイツ准将がいなくなり、彼が歩いていった廊下を私もついていった。
壁に写真が飾ってある。
額の下に日付とタイトル〈第二小隊の仲間と〉。軍人さんが横並びに映っている。どの人も肩に大剣を担いでいるのに、端に立っている人だけ……野球バットを担いでいる。
あ……ふふっ。
ゼイツ准将だった。長い前髪が頬にかかっているけど、射抜くような眼差しでわかる。
私は隣の写真に移った。同じようにタイトルがついている。いかつい斧をついた隊の仲間と、一番端っこで長髪を結んだゼイツ准将が……木の枝をさげている。私は吹きだした。
しかしその隣の写真では、彼は手ぶらで、笑ってセンターにいた。現在に近い短髪で、タイトルも〈隊員たちと〉に変わっていた。
「何笑ってんだ?」
ゼイツ准将は足首のすぼまった迷彩パンツに履き替えていた。裸の上半身にハイネックのシャツを被ったところだった。
こっちへ来て、私の真後ろにぴったり立って、写真を覗きこむ。意識しすぎかもしれないけどぞくっとした。
「ん? これが?」
「あ、に、二年で隊長になっちゃったんだと思って。す、すごいですね」
「まーな。……」
ってやっぱり意識しすぎじゃなかった。ゼイツ准将が始めようとしている。
私を羽交い絞めにして、左右に体をくゆらせる。指を交差させてつないで、催促する。
「……なんかしてほしい事あるか?」
私は身を固くして目玉をむいていた。
この写真の中で不敵な笑みを浮かべてる人が、今後ろにいるこの人なのだ。知ってる。けど別人みたい。どうしてこんな柔らかい声だすの?
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