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23話
顔を洗って戻ってきたゼイツ准将は、あごに伝う雫をぬぐい、手には二本の飲み物をもっていた。
「一度質問したことを撤回する気はねえぞ。ジョニーは身動きとれない状況にいるのか、それともフェルリナがこっちにいること自体知らないのか、何にせよ答えてもらう」
分かっていますというつもりで私はうなずいた。
准将はジョニーを男性だと思っていて、私の恋人だと勘違いしてるんだ。
ちゃんと話さないと。
「ジョ……」
ジョニーは男の人じゃありません。
ずっと一緒にいたキツネなんです。
子供の頃、やせこけて泥まみれになっているのを森で見つけたんです。
抱きしめてもキスしても、硬直して目玉をむいてました。
でもいつも物陰から私のことを見ていました。
ふりむくといつも金色の瞳と目が合いました。
喉が塞がり、私は涙をひっこめようとまばたきを繰り返した。
栓を抜いた炭酸の瓶を、ゼイツ准将はチェストの上に置いて、もう一本も抜く。
それを飲みながら、彼はドア枠に寄りかかっていた。
「ジョ、ジョニー……は、私の……」
からんからん
とベルが鳴り響いて風が入り、私はハッと顔をあげた。今のは玄関のドアの音だ。
動揺して准将を見ると、腕組みした彼は微動だにせずに私が話すのを待っている。
「誰か帰ってきたんじゃ……」
「……」
私が青ざめたのを見て、彼は仕方なさそうに踵を返した。きっとお父様だ。私は跳ねるように立ち上がって、タイツとブーツを探した。早く履かないと変に思われちゃう。どこに……。
「何だコイツ!」
出迎えに行ったゼイツ准将の驚いてる様子も気になったけど、タイツとブーツがない。どこへいったの?
モサッ モサッ
私は室内をうろうろし、手をついてベッドの下を覗きこんだ。
モサッ
廊下を何かがやってきて、私はふりむいた。現れた影は、床に正座している私と顔の高さが同じだった。
金色の瞳の瞳孔が私を目視していた。
四つ足のそれは、トカゲであった。
ドラゴバルオオトカゲ、別名ウィングイーター。かつて世界に存在していたドラゴンの末裔である。
ひっ!?
瞬時に私はベッドの上に避難した。
体高は低いが、図体は馬ほどあり、鎖帷子のような肌をしている。
鼻の穴も目もどちらも吊り上がっている冷酷な顔つきから、長いピンクの二股舌がするりと出た。
「コイツがジョニーか?」
ウィングイーターの後ろで准将が聞いた。
「違います!!」
「お前を迎えに来たんじゃねーのか?」
ゼイツ准将はのんきにドリンクを呷った。
「私を食べに来たんですよ!」
この部屋へと進路を変えたのが何よりの証拠である。
私はベッドから奥のいすに飛び乗った。
「お城の庭師のアーノルドさんも食べられかけたんです! ドラゴンにとって妖精はごちそうなんです!」
私の細胞に組み込まれた太古の記憶が本能的にヤバイと告げている。
「へえ、ニオイを嗅ぎつけてここまで入ってきたってか」
ウィングイーターが餌(私)に狙いを定め、左右に体を揺らしてリズミカルにベッドとチェストの間を進んできた。
「あ、あの、ゼイツ准将、助けて?(小声)」
「うーん? 三ツ星天然記念物だから手出すわけにいかねーしなあ。それにもしかすっとコイツ……アレかもしれねえぞ」
「なななんですかっ? なにっ?」
「ジョニーが魔術で姿変えられてるんじゃねーか? うん、きっとそうだろ。んでどんな奴なんだ? 姿を変えられる前の、」
「そんなわけ、いやーっ!」
ドタン! ぶっとい尻尾がチェストにぶつかって、飲み物が落っこちた。ウィングイーターが突然素早い動きで暴れ出し、私はいすから落っこちそうになった。
「こっち来い」
ゼイツ准将がウィングイーターの目元を踏みつけて乗り、こっちに手を伸ばす。私はその手を握って、足を折りたたんでできるだけ弧を描くように飛んだ。准将は私を抱えて廊下を速足に、玄関ドアを殴って外へ出た。
そこで立ち止まり、私をデリバリーのように担いだまま、地平線を睨んでいる。
私としては、ウィングイーターが追ってくる可能性を考えて、もう少し玄関からキョリをとってほしかった。
「ったく、あと少しだったのに邪魔しやがって……」
「ゼイツ准将、私のブーツとタイツ持ってませんよね?」
「持ってるように見えるか???」
カラカララン。
ウィングイーターがふつうに出てきた。後ろ足で立ってドアノブを引っ掻いて開けていた。
「きゃあ来た! 出て来ました! 早く逃げて!」
「お前よっぽど美味いんだな」
ゼイツ准将がジョギングする間、
後ろ向きに担がれた私は、ウィングイーターが離されていくのを見ていた。
それでも彼はひたむきに私を追いかけてくる。
なんだかすごく一生懸命に見えてくる。
……
もしかしてほんとにジョニーだったりして……。
生まれ変わったジョニーが私に会いたすぎて来たんだったりして……!?
そうだ! ジョニーと同じ金色の瞳をしてたもん!
「ちょっ、ちょっと待ってっっ」
「何だよ逃げろっつったり待てっつったり!」
「ほんとにジョニーかもしれないの!」
ゼイツ准将が走るのをやめた。「……」
「食べようとしてるんじゃなくて、私に会いたくて来たんですよ! ゼイツ准将、ちょっと手だしてみてくれませんか? ジョニーなら噛まないはずですから」
「おぅ……」
准将が私を横抱きにして、待ち受ける。
ウィングイーターが弾むように走ってくる。その姿は生き生きとし、口を開けて笑顔だ。
首をかしげるように私を見あげる彼に、そっと呼びかけた。
「ジョニー?」
見つめ合う私とジョニー。
私たちの間にゼイツ准将が足を出すと、ジョニーは電光石火で食いちぎろうとした。
「い゛っで!!」
「あのですね、ジョニーは人見知りなんです」
「知るかッ!! つかジョニーなら俺に噛みつくに決まってんだろーが!!」
「どうして?」
「どうしてって、お前と……俺にはその、色々あんだろ!」
「あ、ヤキモチってことですね。たしかにジョニーは独占欲強めですけど大丈夫です。私と彼には絆がありますから。ちょっと下ろしてください」
私はガチな目つきで自信たっぷりにうなずいてみせた。
「フェルリナお前……」
地面におろしてもらった私に、ジョニーが瞳孔を見開く。右へ動いても、左へ動いても、私の方に鼻が向く。細長い舌がしきりに出入りして、ごくりと喉が動いた。
ゼイツ准将の拳がアッパーカットを喰らわせ、ジョニーがパンケーキみたいにひっくり返った。
「ああ!?!?」
「トカゲ撫でたきゃもっと小さいのにしろ!!」
ゼイツ准将が私を抱えて猛ダッシュする。
「何するんですか!! ジョニー!!」
「ジョニーなわけねーだろーが! 気をしっかり持て!」
「ひどい! ジョニーかもしれなかったのに! おろして! えへんっ えへんっ ジョニィ~~~~!」
あのオオトカゲは五十年は生きてると聞かされて、
ジョニーの生まれ変わりじゃないってわかった私は、大人しくなった。
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