25話

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25話

    「わあっ、やだっ」 「どうした!」 忘れてた、この時期(ひど)かったんだ。 フェアリーの王族は体が()ける傾向にあって、 家族のなかで私はきわだって酷かった。学校では、スケルトンと(あざけ)られたことも。 「何だよどうしたんだよ」 「見てわかんないの? 顔半分透けちゃってるの、わたし」 私、ずっとこんな風だったんだ。 それなのに、 学校の男の子たちみたいにブッて噴き出したり、キモいって顔したり、 ゼイツじゅんしょう、全然しなかった。 「ああ、だから?」 「……なんで何にも言わないの……?」 「そういうもんはそういうもんなんだから、しょーがねーだろ」 胸張って彼は唇を尖らせた。 しょーがない。 って、あきらめる時に使う言葉だよね? でもゼイツ准将(じゅんしょう)の態度は、全然しょーがないって思ってない。 だって私のことあきらめてたら、こんな風に楽しく一緒にいてくれるかな。 私は瞳をくるりとさせて考えた。 「それより、おれ子供になっていいこと一つ見つけた」 「……ん、なに?」 「ヒゲが伸びねえ」 ドヤって顔で言われて私はがくっと肩をおとした。 「そんなこと?」 「剃るのめんどくせーんだよ」 「わたしの悩みと重みがちがいすぎる」 「悩みってなに?」 「今話したばっかじゃんっ」 バサバサッ、鳥の羽音がきこえた。 「おトリ込み中失礼しま~す」 てっきり誰もいないと思っていた湖畔に声が響いて、私は習性的に准将の後ろに隠れた。 湖の向こう側にいるようだ。 相手の姿を見つけたらしい准将が、私の手首をぐっと握った。 「だれだお前」 「ワタシはオンチドードー鳥のシデノマエキ」 えっ? オンチドードーって…… その名をきいて、私は背伸びして准将の肩越しに対岸をのぞいた。 いる。大きい。 黒い両翼と白い尾羽に、鳩胸の胴体はティラミス模様をしていて、首から上にある女性の顔がしきりに首をかしげている。 人間の女性として考えたら普通かもだけど、鳥としたら大きい。初めて実物を見た私は、息をのんだ。 「オンチドードー? あの絵本のやつか」 音痴なのに堂々と歌うことで、まわりの人たちを眠らせてしまう人面鳥……というのは絵本で知られた話だ。 だが〝実際は歌われてもこそばゆい気分になるだけ〟と、どの動物図鑑にもかいてある。 「ここで何やってんだ」 とゼイツ准将が聞くと、彼女は「バイトです」と答えた。 「なんだそうか。これアトラクションだ」 准将がうなずいて私に言った。 「遊園地の?」 「アミューズメントパークだって、ナンジャ爺が言ってただろ」 彼はいちどしゃがみこんで、ブーツのひもを結び直し立ち上がった。その時なにか手に握りこんだように見えた。 「じゃああのヒト味方?」 「わかんね。ブッ倒せばわかる」 「ブッ倒すの?」 「暴力反対ですよ~?」 とシデノマエキが言ってきた。 「質問に答えてください。アナタが落としたのは、この金のコーヒー缶ですか~? 銀のスプレー缶ですか~? それともただの針金ハンガーですか~?」 私たちは笑った。 「全部お前の宝物じゃねえのかよ!」 たしかにちょっと大切そうに空き缶に爪をかけている。あげたくないみたい。 シデノマエキさん、無表情でとっつきにくいけど実はおちゃめキャラなのかな。 「どれもいらねーけど、せっかくだからノってやるか」 「うん、どうするの?」 楽しくなってきて私はゼイツ准将にくっついた。 「おいトリ頭!」 と彼は呼びかける。むしろ頭だけはヒトなのだが、言いやすかったんだろう。 「俺が落としたのは金と銀のやつだ! だから返してくれ」 「だめ!」私は彼の腕を揺すった。 「正直にただのハンガーだって言わなきゃ」 「ただのハンガーも落としてないだろ……」 シデノマエキさんはどんなリアクションするだろうって待っていたら、湖面の白いもやがシュウウと濃くなっていった。イベントが始まるのだ。 「ウソをつきましたね」 冷ややかな声が返ってきた。 ル……ゲホッ、ルフウ~~♪ ラァッ? ランラ~~♪  「まずい!」 とゼイツ准将が私の顔をはさんだ。 「あいつの歌声聴くと眠らされるぞ!」 「え、ちがうよ?」 答えた自分の声が耳の中でくぐもる。 「それは絵本の中のはなしで、ほんとは眠くならないよ? 図鑑に書いてあったもん」 と私が一生懸命喋ってるのに、左右をキョロキョロしている。もしもし聞こえてますか? 「!」 いきなり准将が私の肩に重たい腕をのっけて覆いかぶさってきて、 私は支えきれずにひっくり返った。 「わああ」 草の上に倒れて気づくと、ゼイツ准将が私のぺっちゃんこ胸に顔を突っ伏している。 慌てて下敷き状態から抜け出しても、彼は動かない。うつ伏せの背中に、黒い羽根が突き刺さっていた。 「ゼイツじゅんしょう……?」    
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