うたをわすれることり

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「あら、おかえり。帰るっていうのにこの子は当日にしか言わないんだから」  ため息で私の母親が、家にたどり着いた私を迎えている。両手の山になった街の人からのお土産を母に渡して「別に構わないでしょ」とダイニングの元は私の席だったところに座る。ありがたいのはその瞬間に麦茶が淹れられること。  少し他愛もない会話をお母さんと話していると、段々と辺りは夕焼けになる。茜空を眺めて「お父さんは?」と聞くと「今日も仕事、帰るんなら休みも取らせるのに」とまた悪口を言われてしまう。だけど、このくらいのほうが良くて、期待の言葉は諦めた私には重い。  こんな時間になると昔はみんなと集まってバンドの練習をしていたのを思い出す。とっても楽しかったからそれは消えることのない思い出として刻まれている。私はそんな練習場所をつい眺めていた。 「お堂に用事があるんでしょ。いつだって集まってるんだから。今日もその予定なんでしょ。落ち込んでないで気を晴らすために歌いなよ」  特に気付かれてもないと思っていたのにお母さんが軽く私の想いを見破っていたみたいで心配しながらもやさしく語られる。お母さんの言う通りにはならないだろうと思いながらも「うん。そうだね」と返事をして練習場所に向かう。  その場所は古いお堂なのだが、昔から使われている様子はなくて私たちが占領していた。ちゃんと電気も通っていて明かりをつけると、そこには私が残したギターが待っているみたいにそこに置いてある。  手に取ると、多分バンド仲間のみんなが時々メンテナンスをしてくれていたんだろう、誇りどころか弦の錆すらもない。まるで昨日まで弾いてたようにも思える。  安いギターで、歌うことに憧れていた時代にお小遣いでどうにか買ったギター。ちょっと懐かしみながらも弦を弾いてみると、チューニングも合っていて和音を奏でる。
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