うたをわすれることり

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「ちょっとは歌うか」  呟いた私は軽くコード進行を始めて少し流行りのバラードを弾き始める。こんな曲を選んだのは私の心境から。だけど歌いだしになると「ダメだ」と演奏を辞める。  別に自分の腕が足りない訳じゃない。それなりに実力はあると思っているから、自分流にして歌える。だけど、落ち込んだ気分でこんな暗い曲を歌うと、また落ちてしまうと思った。 「なんか華やかなのを」  少し考えて周りを見渡すと若かりし日の思い出が蘇り「あの頃なら」と言うとSIAMSHADEのアルバムにあるインストを弾く。いつも指の運動に弾いてた曲。  最近は弾いてなかったから、覚えてるかと思いながらも、指はちゃんと動いてくれている。ロックが好きな私は曲を弾いていると楽しい気分が蘇る。あの頃を思い出すみたいに。  難曲と言えるものを、軽々ではなく若干忘れているのでミスをしながら弾き終えると「じゃあ、次は」とまた昔を思い出してみた。一番好きなのはL'Arc〜en〜Cielだからいつもはじめに歌うのは彼らの曲だ。  なんならキーを原曲よりも高くして難しく歌ってみる。あの頃よりも声は上達しているみたい。私には少し古いと言える選曲だけど続けてGLAYへと時代を合わせてみた。 「懐かしいの歌ってるな」  現れたのは私たちのバンドのベーシスト。そしてあの頃の私の片思いの相手。保育士の彼女の旦那さんの親友となり、私たちのバンドはひたすら面倒な関係になっている。 「悪くないでしょ?」  久し振りだけど音楽があったから普通に話せた。すると彼はスタスタと私の横を通り過ぎて置いてあったベースを手に取って、それからお堂の雨戸を開け始める。 「こんなに楽しい音楽を自分だけってのは悪いだろ」  にやりと笑う彼は格好良い。それでもベースの音が響いて曲が始まる。まだ古くなり黒夢やXJapanも含めたメドレーになるが、これは彼の好み。  ロックは彼と私の共通点。とても楽しい時間になっていたのは昔に戻っているから。 「腕は鈍ってないだろ? 日本一ベースの上手い会社員になりたいんだ」 「それはどうだろうね。まだ上手い人は居るだろうから」 「お前みたいにプロじゃなくて良いんだ。楽しければ」  曲の合間で会話も楽しむ。だけど彼の言葉が私を痛める。 「今は、楽しくないんだ」  呟いた私の言葉で演奏が止まった。 「俺じゃあ下手くそだからか?」 「そうじゃなくて、最近の音楽活動。もう辞めようかなって」  今、彼との音楽はとっても楽しい。それは売れる為の音楽じゃないから。  未来がないのなら諦めて、誰かのお嫁さんにでもなってしまおう。相手が彼なら嬉しいかもしれない。 「辞めんなよ。応援してんだから。俺だけじゃなく、街のみんなも」  それは今日一日で痛いほどにわかっていた。どこでも私のことを歓迎してくれているから。 「それに、今歌ってるお前はとっても楽しそうで美しいぞ。歌ってそんなので構わないんじゃないか?」  その言葉に改めて自分が心底楽しんでる。この楽しさを伝えられたら別に売れなくっても、誰かが喜んでくれたらそれで良いのかもしれない。 「あー! 二人だけなんてズルい! あたしも弾く!」 「ドラムが無いと基礎ができないだろ」  にぎやかな夫婦が訪れた。これで昔のバンドが揃う。多分みんな仕事を切り上げて集まってくれたんだろう。
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