うたをわすれることり

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 歌を忘れた小鳥は用がないのだろうか。私はそんなモノになろうとしている。誰だって用事のないものは捨てるから私は要らない。  一応ちょっとは成功した歌手である私はこのところそんな風に考えている。かなりの下積みを乗り越えてどうにかデビューをしたのは良いけどあまり売れてない。それでも私はまだ成功者のほうだ。  ライブになれば地方のホールのキャパくらいなら十分に埋められるけど、これが有名イベント会場の広いところになると厳しい。その程度な私。それでもまだ諦めたわけじゃない。 「売れんと」  日々そんな言葉を吐きながら、歌い、詩を綴り、曲を作る。どれも私の仕事。子供のころからの夢を叶えた私はもっと素晴らしい毎日が待っているはずだった。  偉い人に目を付けられてメジャーの舞台に登った。これは思い描いた通りで、夢で言うならこれから曲が売れる筈だった。あくまで夢では。  だけど現実なんて甘くなくて、私を待っていたのは曲を出したところであまり売れないという厳しさ。ファンはそれなりに居るけど、それだってそれなりだ。街を歩いても普通に声を掛けられるなんてことはない。 「あの子はもうちょっと売れるかと思ったのに、間違いだったかな」  事務所で偶然聞いた言葉を思い出すとため息しかない。誰に向けられた言葉かわからないけど、多分これは私のことで売れない歌手、売れる予定のない歌手を抱えている理由なんてない。もう私は瀬戸際になっているんだ。  必死でもがいて、前に進もうと足掻くけど、それでも周りばかりがスタスタと進んで私は泥沼で立ち止まっている。  心無いネットの住民が「才能ないならヤメロ」と私の曲にレビューを付けてくれている。自分では才能が有るつもりなんだ。そんなことを言わないで。 「最近はどうかな? ライブも積極的に回ってるみたいだけど、曲は作れてるか?」  これは恩人の言葉。時折事務所で打ち合わせをするときに私を見出してくれた役員がこうして心配して話してくれる。今日も忙しいだろうに時間を作ってはにっこりと笑顔になってくれている。 「ありがとうございます。ちゃんと、作れて」  言葉はそこで止まってしまった。  だってこの最近自分が良いと思える曲なんて作れてないから、新曲なんてさっぱりだ。単純に他の人に話しているように安心させるための嘘を言おうとしたときに、この人には嘘をつきたくないと思った。  言葉を無くして涙ぐむ私を見ると「どうしたんだ?」と心配な表情になってくれる。もうおじいさんと呼べる年齢の人で、私は家族のようにも思っていた。だから「どうしたら良いのかわからない!」と泣きついてしまった。  それから「自分が売れない理由」や「売れるための曲作り」に「人を喜ばせる歌い方」なんてのを質問してその答えを待つ。  きっとこの人なら最高の答えを教えてくれて、私は前に進めるんだろう。 「疲れているんだろう。休みなさい」  だけど返されたのは奈落に落とされるような言葉。そうか、もう私はこの人からも捨てられたんだ。歌を辞めるしかないんだろう。 「お疲れさまです」  その場は笑顔になって休暇の提案を受け入れると、肩を落として帰る。  きっと「もう駄目だな」なんて私の契約を切る話をしているんだろう。切り替えなければならない。知らない誰かの言う通り才能がなかったんだからしょうがない。  一度振り返って事務所のほうを見るとあの役員さんが私のマネージャーと一緒にいる。本当に私の思っていた会話をしているんだろう。
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