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夕暮れ、未だに日の差す間は気温が高くてげんなりする夏もこの時間を機に涼しくなってくる。
そんな中で私は机に向かい、レターセットを前にしてうんうんと唸っていた。
「……なんで受けちゃったかなぁ」
なんとも珍妙な事ではあるのだが、私が頼まれたのは「ラブレターの代筆」だった。
相手は別のクラスの秋葉仙一、残念ながら私とは縁もゆかりもない生徒だ。
というかなんで私に頼む、別のクラスの人物なら別のクラスの伝手を頼れ。
「とはいえ、引き受けちゃったからには仕方ないか」
とりあえずノートに適当な言葉を走らせてみる。
「好き」「愛してる」「お慕いしてました」「貴方の事が知りたい」「貴方の傍にいたい」「そうであったら」
伊吹の小説作業に付き合っていた経験もあって形だけの真似なら私にもできる。
後はしっくりくる言葉や文章を探して繋ぎ合わせるだけ。
「……それだけだったらどれだけよかったか」
分かってる、そんなに簡単にはいかない。
どれもこれもしっくりこない、どう見てもやっすい文面にしかならない。
当り障りのないありふれた言葉だからこそ相手に届けられない。
「どうすればいいかな、これ」
椅子に肩を預けて天井を眺める。
そもそも私が恋なんてものを信じられない。
恋だの愛だの、そんなものが存在しても私の所にはない。
すっかりお手上げだ、そんなのがラブレターの代筆なんてできるか。
「やっぱり今からでも断ろうかな」
諦めと諦観が脳と心を占めようとしていた時、不意にドアが開いた。
その方を見ればそこにいたのは何度も見た顔。
「あ、東雲。まだここにいたんだ」
禊萩蓮がいつもの暢気な顔でクラスに入ってくるのだった。
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