一章:そこにいるのは誰

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 が、すぐに浮ついた足は落ち着いた。ふと目に入った庭の大きな石造りの塔のようなものに目が向く。およそ五十ものたくさんの小さな石塔に囲われ、その中心に一際大きく立つ石塔。  普段はただの庭の光景でしかない。もう十数年見続けた光景で今更気にするものでもない。誰がそこに眠っていて、この場所でなにがあったのか。数えきれないほど爺さんらに聞かされてきた。  だが、今日に限っては、視線が外せなかった。足を止めてしばらく大きな墓石を見つめる。 「…………」  少しの間見つめたあと、ハッとして視線を前に戻す。先ほどよりも落ち着いた足取りで歩き出す。門をくぐり出て、門の脇にある自分の背丈よりも高く大きな石碑に書かれた文字を見る。少し眺めてから、縦に長い石を軽く撫で京阪の駅の方へ足を向かせた。  三条大橋を渡る最中に空を見上げる。晴れて澄んだ空に、鱗のように連なった雲。 (秋の景色やなあ)  その景色を眺めながら、橋を渡る。  橋を渡り切ったところで、見知った顔がそこにあることに気づく。 「おはよう、(いのり)。今日は学校か?」  擬宝珠(ぎぼし)のついた橋の手すりにもたれかかりながらスマホをいじっている、黒いロングパーカーを羽織った黒髪の青年が話しかけてくる。 「ゆう兄、おはよ。そう、これから大学やわ」  軽く返事をして並んで歩きだす。橋を渡り、右に曲がってバス停の方へと向かう。 「珍しいんちゃう? ゆう兄とここで会うなんて」 「そうかもな。普段はお前ん家の前かお前んとこの部屋だもんな」 「部屋はゆう兄が勝手に入ってきてるんでしょ」  バス停の前まで歩き、設置されているベンチに座ってバスを待つ。 「そういや、今日は月食(げっしょく)らしいぞ」  急にゆう兄が話題を切り替える。 「え、そうなん?」  月食。月と太陽が重なってどっちかが欠けていく現象の夜の方。それぐらいの理解でしかなかったものだが、確かに最近のネットのニュースで見た気がする。さらに今回のは皆既(かいき)月食(げっしょく)という少し珍しいものらしい。それが今日だとは思っていなかったが。 「あんまり気にしてなかったろ? 祈は自分の中で優先順位低いと全く気にしねえもんなあ」 「そんなことあらへんから。ちゃんと月食があることは知ってたし」 「今日だとは思ってなかったろ」
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