一章:そこにいるのは誰

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「あー、山のほうに行くなら気を付けた方がいいぞ。お前はあんまり気にせんかもしれんが」 「……いや、わかった。どこからが山かあんまりわからんけど、とりあえず気を付けるわ」  いつもの忠告。先を見透かしたような警告。  今は何のことかわからないけど、たぶん何かあったらこれだとわかることだろう。いつも別れ際にはなにかしらのアドバイスをくれる。 (結局アドバイス通りに動くから、何か起きたことはないけども) 「あー、あと、前に渡したの持ってるか?」 「この指輪のこと? ゆう兄が肌身離さず持っとけって言うからちゃんとしてるで」 「それなら大丈夫だな」  遠くに緑色の車体のバスが見えた。見ると自身が乗るつもりの系統の番号だ。  ゆう兄もそれに気が付いたのか、腰を上げる。 「それじゃあ俺はそろそろ行くな。今日の夜か明日には祈ん家寄るからまた連絡する」 「了解。ゆう兄も気ぃつけてね」 「おうよ」  そのままゆう兄は歩いてきた方角に走って戻っていった。  ゆう兄が見えなくなったころに、バスが停車位置に到着する。俺はベンチから腰を上げ、バスに乗る。  今日のバスは時間もいつもより早いせいか、あまり混雑もしていない。俺は前の方にある一人用の座席に座り、外を眺めて目的地に到着するのを待った。    †  月食。  月は太陽の光を反射して輝く天体である。我ら地球に住む存在からすればわかりにくいことであるが、地球も月と同様に太陽の光を反射して輝く天体である。  地球も月も太陽の光による影があり、太陽とは逆側の方向に影が伸びる。  この地球の影の中を月が通過することで、月が欠けたように見える。 それが月食という現象である。  古来より月は太陽や他の星々と共に吉凶を示すものとされ、太陽と対を成して共に様々な信仰を生んできた。  月の中でも満月は特別な力を持つとされる。  人は丸く大きく輝く月に恋焦がれ、それを見ては自身の想いを言葉に変え、形にした。  それは良いことも、悪いことも、変わらずだ。  ある研究の中では、満月の夜は犯罪の件数が増したり、巨大な災害が起こったりといった、月の満ち欠けが原因だとするものもある。  これが事実かどうかは置いておいて、月にはなにかしらの人を惹きつける力があると思わされる。
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