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そして、今宵は月食だ。その中でも赤く燃えるような皆既月食。
普段の優しく思える月の明かりが、不気味にも赤く染まる。
今の人々は知らない。かつて恐怖心の塊が世に溢れていたことを。
人の想いによって作り出され、いつしか形を与えられ、名前さえもあったかわからないものたちが多く存在していた。
今やそれらは人の手によって消され、時が経ち一部を除いて忘れ去られ、その多くが世界から消え去った。
しかし今宵、それらは甦る。人の想いによって。
人の手により生み出され、畏れられ、そして人の手で消されていった名もなき存在たちが、再び目を覚ます夜。かつて本当に存在したにも関わらず、人に殺され架空のものとして扱われた無念夢想が、血より這い出す。
月の魔力に惹かれた人々が思い描く最も恐ろしく、妖しきもの。
たとえ世界からその存在が忘れられ、消されたとしても、人は思い描くだろう。
「こんな赤く美しい月の夜には、きっと化け物が現れるだろう」と。
†
無事に時間通りバス停に到着。
バス停から少し北に歩き、北大路通の交差点へと差し掛かる。
大学はバス停から少し離れており、この交差点を越え、さらになかなか急な坂を上った先にある。いや、より大学に近いところにバス停はあるが、普段乗るバスはそこまで行かない。だから俺はこの先のきつい坂を歩いて上らなければいけない。
交差点で信号が変わるのを待ちながら、これから先の疲労を考えながらぼーっと坂を眺める。そのとき視線が無意識に何かに引かれていることに気が付いた。
交差点の向こう東側から軽い足取りで歩いてくる一人の女性に視線が向かう。健康的に焼けた小麦色の肌に、茶色と栗色に綺麗に染まった短めの髪とその輝きと変わらないぐらい眩しく光る額を出した少し幼い印象を持つ女性。気だるげなその表情に、キリっとしたようでとろんとしているような目つきに、赤い瞳が特徴的だった。服装も季節柄的には少し露出度が高い。丈が短くへそが見えるティーシャツに、生足が眩しいジーンズのショートパンツに一応羽織りましたみたいなだらんとしたパーカー。どこにでもいそうなギャルの服装だがなぜか目が魅かれた。
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