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 沈黙に染まった暗闇の中で、私は目を覚ます。  ここは何処だろうと彷徨うことは最初からしない。何処であるかは関係無かった。ここは私が創り出した世界だ。私にしか先が創れない。 「なんて、書いたところで、次の文章が浮かばないんだよなぁ」  作業机に向かってキーボードを叩き続け、早一時間。  私は何も想像できないでいた。私が想像しなければ、世界は創造されない。  異世界グルメの導入さえもできてないし、書きたかった話と遠ざかってきていると思う。  こうやって思考するだけでも未来が変わるってのなら、宝くじに当選することだってあると思うんだ。  開きっぱなしのインターネットアプリで検索エンジンを呼び起こす。そのまま宝くじの当選番号と手持ちのものを見比べる。 「当たってる!」  だけど、感動が無い。そういう筋書きにしたのは私だ。  ドキドキワクワクの無い未来に何があるって言うんだろう。私が思い描く未来が創られていくというのに、退屈で仕方がない。  順風満帆な人生でした! と言えるような流れを考えないと。絶対に不幸になりたくない。  売れっ子ならストーカーや粘着もいるだろうし、アンチもいるだろうけど、そういうのはいない! 私にはいない! そういうことにしよう! 「それはできないのですよ」  声が上から降ってきた。見上げると少女が逆さまに立っている。重力を感じないのか彼女のスカートは天井に向かっている。本来なら、広がって下着が丸見えになるようなものだってのに……。  宙返りをして私の前に少女が降りたつ。設定だと私のストーカーのこやけだ。私に異界グルメを紹介してくれるはず……。 「ストーカーの設定は消せないのです。何故ならば、物語を面白くするためには必要な存在でございますからね。そして、あなたの為にこちらの料理をお持ちしました。食べてくださいな」 「あ、ありがと……」  こやけからタッパーを受け取る。蓋を開くと濃厚なデミグラスソースの匂いが鼻孔を抜けていった。これはどう見てもハンバーグだ。異界グルメを教えてもらうはずだけれど……? 「ハンバーグですよ、ね?」 「食べてみてほしいのです。ほら、早く食べるのです!」 「わ、わかりました! わかりましたよ! いただきます!」  こやけに急かされて、私はタッパーに備え付けられていたフォークを手に取る。  見た目は少し凸凹している。粗いミンチ肉のようで、肉の塊が残っていて主張している。切ると肉汁が溢れて、ほろほろと肉の塊も崩れていく。  つなぎを使っていない肉と玉ねぎだけのハンバーグはこんな感じだったはずなので、このハンバーグもつなぎを使っていないものなのかもしれない。  口に入れてみる。デミグラスソースが想像以上に甘みが凝縮されていて、フルーツで作ったのかと思うくらいに香り高くて、美味しい。お肉も口の中でほろほろ崩れていくし、肉汁がじゅわっと口内に溢れてくるので、噛めば噛むほどうまみが感じられて、幸せな気分! 「ところで、黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)と言う言葉をご存知ですか?」 「は、はい。黄泉の国で煮炊きしたものを食べることですよね?」 「知っているなら良かったのです。ふふふっ」  背中に悪寒が走った。  私は、目の前で笑っている少女の口が耳まで裂けていることに気付いたのだ。  そして、をしてしまったことにも。 「どうですか? 美味しいですか? せっかく用意してあげたのです。味の感想くらい聞かせてくれても良いではありませんか!」 「と、とても美味しいです。この世のものとは思えないほど……」 「あはあは! それは上手く言いましたね! とても上手いのです! 褒めてあげるのです! じょーず、じょーず」  頭を撫でられる手の熱さが痛かった。髪が燃え、皮膚が溶け、脳を焼かれるような痛みがした。白い湯気が撫でられている場所から上がっているような感覚がする。そして、肉の焼ける匂いがしてきた。 「良い匂いがするのです。肉がじゅうじゅう焼ける良い匂いなのです。お腹が空いてしまいますね。そういえば、このハンバーグ、とっても珍しい食材を使用しているのです。黄泉の国では滅多に手に入らないものでございますよ。何か聞きたいですか? 聞きたいですよね?」  聞きたくなかった。  こやけが両手で私の頭を掴む。  指先が耳にねじこまれる。耳が焼け落ちた。  痛みは無い。ただ、じゅわああああっと熱した鍋に油を注いだ時のようなはじける音が洪水のように脳に届けられる。  耳が焼け落ちても、音は聞こえるものだ。もう何も聞きたくない。  静寂が訪れた。こやけが何か言っているようだが、私にはわからない。もう何も聞こえない。  大きく開いた彼女の口が、間近に見えた。 「という話を書いてみるのも、悪くないと思うのでございますよ!」 「えー、それってカニバですよね?」 「私はけっこう好きでございますよ。にんげんの肉」 「それって食べるって意味で……?」 「もちろんそうでございます」  異界の味は、異界でしか味わえない。  なにもかんじない暗闇で、消化液の酸っぱさだけは、脳裏に焼き付いた。  他にも食べられた人はいるんだろう。見知らぬ人間の手が浮き沈みを繰り返している。何かを探すような指先が私に触れた。  この前もこの後も、創造されるものは無い。  もう何も考えられない。物語は突然始まって突然終わる。  物語の主役は、私じゃなくなる。外では神が次の主役を指差している。  ――そして、指先が近付いたら、次の主役になる。  了
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