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 私の考えたことが世界に反映されるのだとしたら――……私は売れっ子作家である! と断言したらどうなるんだろう?  これは考えるだけじゃなくて、タブレットに入力しないといけないのかもしれない。だけど、さっきの体温が奪われていく感覚は文字にしていない。だったら、考えるだけで――想像するだけで――創造される?  同人作家としてやっていくのも良いけど、私はプロの作家になりたい。出版社に所属して担当編集者と共により良い作品を……と考えている間に周りの様子が妙なことに気付いた。視線を感じる。それも多くの。  辺りをゆっくり見回す。カフェ中の人が私を見て小声でなにかを話している。  そうしている間にも、すっかり私の好みの容姿に変貌した店員さんが話かけてきた。 「小鳥遊先生。サインを頂けませんか?」 「え。は、はい!」  先生呼びをされた!  本当に、私は売れっ子作家なんだ! それならデビュー作はファンタジー作品の『ゆめのはざま』かな。あれは私の中で最高傑作だから、きっとそうだ。  店員さんは色紙とサインペンを持って来る。本も持ってきた。パステルカラーのゆめかわいい表紙で、私の想い描いたままの『ゆめのはざま』だった。  これは店宛てに書いている間に、他のお客さんからもサインを頼まれるのでは?  そう考えると、我先にと言いたげにカフェ中の客が詰め寄ってきた。何十人も続けてサインを書き続け、私は疲弊した。私の疲れがわかったのかサインを求めていた人々が引いていく。それは押し寄せては去る波のようであり、実にあっさりしていた。  会計を済ませ、店を出る。とっくに雨は止み、太陽がアスファルトを照らしていた。蒸発した水分が肌にまとわりついてくる感覚がする。  家へ向かい歩みを進める。背後から人がついてきていないか注意が必要だと思う。売れっ子なら、ストーカーがいてもおかしくない。SNSで何度ブロックしても粘着してくる人もいるくらいだから、注意しないと。  何度も後ろを振り返りながら歩いているうちに日は傾き、電信柱の影が斜めに長く伸びている。西日がきつくて暑いので、私は日陰を歩くことにした。  子ども達が影がある場所だけを歩く遊びをしている。影ではない場所を踏むと地面からサメが出てきて死ぬらしい。  微笑ましいなぁと眺めていると、ひとりの少女が影から出たようだ。他の子ども達が「サメに食われる!」と叫んでいる。次の瞬間、私の目の前に赤い花が散った。方々に飛ぶ赤い液体は、空よりも赤く、黒いアスファルトを濁らせた。少女の体を咥えたサメがこちらを見やる。その瞳のなんと恐ろしいこと。  もうあの少女は助からないのだろう。サメはそのまま地面に潜り、残されたのは赤い飛沫のみだった。共に遊んでいた子ども達は誰もが冷めたような眼差しをしており、誰も少女がいなくなったことに対して悲しむ様子を見せなかった。  私も影から出たらサメに食われるのだろうか。否、断じて否。そんなことはない。私は光の元を歩くことができる。サメは現れない!  祈りを込めつつ、影の途切れた道へ足を踏み出す。  なにもおこらない。  それはそうだ。私は、光の元を歩くことができるのだから。  子ども達は私が影の無い場所を歩いているのが不思議なようで、影を踏みながら後をついてきていた。だが、やがて影は途切れてしまう。  子どものひとりが言った。 「あのお姉さんが歩けるなら、サメは出てこないんじゃないか」  もうひとりの子どもが言った。 「それならおまえは影から出てみろ。今に食われるぞ」  言い出しっぺの子どもが影から足を踏み出す。  ああ、私の真似をしてはいけなかったんだ。  影から出るとサメに食われる。  それは、子ども達が決めた約束(ルール)であり、この世の理なのだから。  断末魔を背にしながら、私は確信した。  私の想像は、必ず、創造される、と。
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