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第12章 苦痛
「一般人」ねぇ。
「今日会うことは2人で決めました。どこで会うかも2人で決めましたよね?」
「待って待って。ラブホに来た時点で何をするかわかるだろ?」
俺は苦笑いをするが、心愛は全く気にもとめない。
「カフェに入ったとき、人が飲むものを勝手に決めますか? 相手が嫌がっても無理やり飲ませますか?」
心愛の話が理屈っぽいのが不満だ。
「言いたいことはわかるよ。でもムードっていうものがあるだろ? それにこういうのは男がリードすべきだろ?」
「結構です!」
どうしろというんだ?
心愛は腰に手をあてて語り始めた。
MはMaster、SはSlave。
SはMを喜ばせる存在であり、Mは自分本位の人とは主従関係を結べない。
「まぁ、SはServiceという人もいますけど」
一体何の話だ……
「聞いてますか?」
考えこんでいる俺の顔の前で、手を振りかざす。
答えに迷っていると、心愛はスッと背中を向け、服の乱れを直し始めた。
「ファスナーあげてくれませんか?」
こいつ……自分で着たときはどうやったんだよ。
心愛の身体をあらためて見ると、俺が今まで会ってきたどの女性よりもほっそりとしている。コルセットなんて俺の太ももくらいじゃないか。
もし俺が母親だったら「ちゃんとご飯食べてる?」と尋ねてしまうだろう。
「これからも会ってくれますよね?」
さっき嫌がっていたはずの心愛の言葉に俺は驚く。
「また会いたいの?」
「はい。今日のこと……私を傷つけたいわけじゃないことはわかってます」
心愛は少し恥ずかしそうに「おやすみなさい」といって駅の改札に消えた。
俺はふと思う。
もしかして、今までマチアプで会ってきた女性たちは感じているふりをして、本当は嫌がっていたのではないか。
痛いとも嫌だとも言われたことがある。だが俺は、内心気持ちいいんだろうと思っていた。
俺はすっかり心愛に主導権を握られた気がしながらも、なぜか爽快な気分だった。
The Agonist/Thank You, Pain
初めてMVを観たとき衝撃を受けた。男性ボーカル2人に女性声を加えたと思っていたが、実際は女性ボーカル1人だったからだ。
俺は音楽スタジオの仕事を辞めてCDショップ一本にし、心愛と会う時間を増やすことにした。
心愛からは「信頼関係が大事」と教わる。
俺は安全な縄の縛り方をマスターし、痛くない吊りもできるよう練習する。心愛が縛りに癒されるというからだ。
世間は3回目の緊急事態宣言を迎えていたが、俺たちはもう気にしなくなっていた。
堂々と恋人繋ぎをしながら夜の街を歩く。
「最近太っちゃったんですよ」
「まさか! 全く太ってないよ。むしろ痩せすぎ」
たわいもない会話を交わす。
「ちょっとー! 最近のりくさん、色っぽくなったなー」
南さんが肩を軽く叩き話しかけてくる。
「彼女できたんだね。りくさんて、ほんとわかりやすい」
今頃気づいたのかとも思うが、南さんは、俺が落ち着くまでそっとしてくれていたのかもしれない。
南さんはテレビを消し、興味津々という顔で俺をみつめている。
「いい子ですよ」
俺の答えに、そりゃそうだろうと南さんはニヤニヤする。
通知音が鳴り、心愛からメッセージが届く。
「一緒にSMバーにいきませんか?」
心愛は店の写真をスクリーンショットで送ってきた。
六本木で有名なAマイナー。名前は暗いが、店内はシックなところというのが俺の印象だ。
「今日はここに行きましょ!」
投げキッスのスタンプを送ってくる心愛を愛おしく感じる。
俺たちは早速店に向かった。外観に特に変わったところもなく、入りやすい雰囲気だ。
「お客様。失礼ですが、身分証を拝見させていただけるでしょうか?」
従業員に言われて俺ははっとする。心愛は18だ、バーには入れない。
だが彼女はためらうことなく免許証を出した。
え!
「心愛! 俺より2つ上じゃないか!」
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