第13章 緊縛

1/1
前へ
/16ページ
次へ

第13章 緊縛

 免許証には平成11年7月31日と書いてある。    心愛は慌てて免許証をしまうが、俺のイライラは増していく。   「嘘ついていたの?」     「お客様。よろしければ、店内でお話しなさってはいかがでしょう?」    従業員にうながされ、俺はしぶしぶカウンターに座った。    気分転換のためにテキーラを頼む。心愛はスクリュードライバー。   「どういうこと? なんで18なんて言ったんだよ?」   「18くらいのほうが男の人は嬉しいでしょ?」    俺には理解しがたい。信頼関係が大事と言いながらなぜ年齢を偽ったのか。      心愛は一呼吸して、静かにリストバンドを外した。    あぁ、やっぱりリスカの痕がある。俺は最初感じた違和感を信じるべきだった。この女はヤバい。  それにこの傷は「ファッションリスカ」なんてレベルじゃない。傷は深くケロイド状になっている。何度も何度も重ねて切ったからだろう。 「これは古傷。もう切ってません」   「切ったこと、後悔はしてないんですけど、信頼できる人にしか知られたくなくて」    心愛はリストバンドをつけ直す。   「山田さんに会ってからリスカはやめたんです」    山田さんとは心愛の元彼、いやご主人様だ。    心愛にSMを仕込んだ男の話など聞きたくない。俺はテキーラのショットを飲み干した。     「私、18の時、高校の先生から襲われたんです」    目を落として話し出す心愛、言葉を失う俺。   「卒業式の2次会で、すこし豪華なカラオケ店にいったんです。南国にいるみたいで、皆リラックスしていました」 「カラオケ大会が始まってしばらくしたら、担任の先生から、ずっと好きだったと耳元で言われたんです」    動悸がして、息苦しい。   「動揺していると、何か具合悪そうだねと肩を抱かれながら部屋を連れ出され、トイレに」    言葉を絞り出すように話す心愛を見て、俺は思わず席を立つ。      またあの夜と同じ、頭の中が切り裂かれるような頭痛がするとともに、一瞬一枚の画像が見えた。      保育園のときの月島先生の手。      そこから俺の頭の中で、複数の画像がスライドショーのように映し出されていく。    先生と「僕」はトイレにいる。    「僕」は先生の胸に手をあてている。    先生は「僕」の下腹部に顔を埋めている。      声にならない叫びをあげ、俺は膝から崩れ落ちた。     「変な話して、ごめんなさい。ただ、ちゃんと説明したくて」      心愛の声はどこか遠くから聞こえる。    俺はスライドショーに出てきた画像の一枚一枚に痛みを覚えた。  なんで今頃思い出すんだろう!    凍えそうな自分の腕をつかむと、こめかみから頬に汗がつたうのを感じた。  今、自分がどこにいるのか、わからない。     「りくさん、ここは安全な場所ですよ」    心愛は俺の抱えている痛みに気づいたのだろう、背中をそっとさすった。     「触らないでくれ!」    俺は子どものようにわめく。   「もう帰りたい!」      マンションまで送るという心愛の言葉に俺は首を横にふる。    南さんには会いたくない。あいつは嫌がる俺を無理やり風俗に連れて行ったんだ。       心愛は俺の体を支えて店を出ると、流しのタクシーを拾った。    タクシー内はウレタンの匂いがしない。    過去はあんなに鮮明だったのに、現在のことは遠い世界に感じられた。     「りくさん。私に性的同意の大切さを教えてくれたのが、山田さんです」    そこまで話して心愛は、俺の目が泳いでいることを確認する。     「無理させてごめんなさい。私の部屋でゆっくり休んでください」      4回目の緊急事態宣言が解除されたのと同時に、俺は心愛に別れを告げた。  誰も信用することができなくなった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加